第6話 かがり合わせの過去と未来(5)

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第6話 かがり合わせの過去と未来(5)

「メイシアさん。気づいてらっしゃると思うけれど、鷹刀は異常な近親婚を繰り返して作られた一族よ。――その理由は、誰かから聞いてらっしゃる?」  書き付けを読み上げるようにしてユイランは尋ねた。メイシアは正確な表現を思い出しながら、遠慮がちに口を開く。 「『鷹刀は〈七つの大罪〉が作り出した、強くて美しい最高傑作』だと、イーレオ様がおっしゃっていました」  その答えに、ユイランは淋しげに笑った。 「そう、イーレオ様が……。でもそれは、血族を傷つけないための、イーレオ様の優しい嘘よ」 「嘘……?」 「ええ。例えば、エルファンとチャオラウが真剣勝負をしたら、年長のチャオラウが体力の衰えのハンデを負ってなお、ほぼ確実に勝つわ。――強さを追求した一族なら、エルファンが勝たなければ駄目でしょう?」  そう言われても、メイシアには屋敷に住む凶賊(ダリジィン)たちは皆、強く逞しく見える。どちらが勝つと言われても、よく分からない。  困った顔をしていると、シャンリーが苦笑しながら口を添えた。 「そんなことを言われても、メイシアには実感が湧かないだろ? でもここは、この私も同意するってことで通してくれ」 「は、はい。すみません」  恐縮して頭を下げると、ユイランが「いえいえ」と微笑み、話を続ける。 「つまり、本当に強い者を作ろうと思ったら、チャオラウのような者をどんどん一族に取り込むべきなの。なのに〈七つの大罪〉は、気持ち悪いほど同じ血を重ね合わせることを求めた。――彼らの実験体として利用するためよ」 「え……?」  メイシアの口から乾いた声が漏れた。 「具体的に何がなされていたのかは知らないわ。ただ、一族の中で不要とみなされた者が連れ去られ、〈七つの大罪〉への〈(にえ)〉になっていった」 「そんな……!」 「その一方で、必要とされた者は〈七つの大罪〉の庇護のもとで栄華を誇った。――そんな一族に反発したイーレオ様は、先代総帥に意見したそうよ。そしたら、見せしめに恋人を殺された……」 「……っ」  崖から突き落とされたような衝撃を受けた。  ユイランに『過去のこと』を話してくれると言われ、メイシアは自分でも気づかぬうちに心のどこかで喜び、期待していた。  ルイフォンも知らない一族の過去を、ルイフォンが知りたがっている一族の秘密を、彼に伝えることができると――気持ちが浮き立った。  しかしそれは、イーレオが優しさという嘘の殻で覆ってきた、残酷な現実を(あば)くということに他ならなかった。今更のように気づいた自分の愚かさに、メイシアは総毛立つ。  殻から出てきた腐臭と怖気(おぞけ)が、容赦なく彼女を襲う。  彼女は吐き気をこらえるように奥歯を噛んだ。  おぞましいからこそ、これは聞くべき話だった。 「私とエルファンは、〈七つの大罪〉が濃い血を残すために決めた夫婦よ。しかも私にとって、エルファンはふたり目の夫」  ユイランの目線が机に落ち、声に影が入る。 「ひとり目の夫は〈(にえ)〉として連れ去られたの。彼との間には子供がひとりいたけれど、三歳にもならないうちに亡くなったわ」 「お子さんも〈(にえ)〉に……?」 「違うわ」  ユイランは、緩やかに首を振った。涙の雫が飛び跳ね、きらりと光る。 「これだけ血が濃くなれば、無事に成人できる確率なんて半分以下よ」 「……!」 「そのくせ〈七つの大罪〉は、貪欲に新しい〈(にえ)〉を求める。……私は、自分が生き残りたいがために、エルファンをふたり目の夫として受け入れたのよ。――可哀想に、エルファンはまだ十代だったのにね」  ユイランの口の端が、すっと笑みの形に上がった。けれど、それは自嘲だった。疲れ切ったような目元からは涙は消え、静かながらも強い意志が見える。  死者に捧げる涙はあっても、自分の過去は涙に逃げない。  気高く、美しい人だと、メイシアは思った。
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