第6話 かがり合わせの過去と未来(9)

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第6話 かがり合わせの過去と未来(9)

「リュイセン様が生まれたときのことは、幾つもの事情が重なり合った結果です」  こいつも和解を求めるのか、とリュイセンは鼻白む。  落胆したような気持ちで視線を外しかけたとき、「だから――!」と、メイシアが語気を強めた。 「それはただ、そのまま受け止めればよいと思います。そして過去の出来ごとに対して、現在のリュイセン様は、何も論じる必要は『ありません』……!」 「……!?」 「だって、リュイセン様にはどうすることもできない、過去の話なんです。――論じても仕方のない過去もあると……思うんです。例えば、私の父のことみたいに……」  大きな瞳が、濡れたように光っていた。儚げな美しさをたたえながらも、彼女は凛と前を向く。 「お前の父……」 〈影〉にされてしまった人間を救うには殺すしかないと、ルイフォンはメイシアの父を毒の刃で刺した。だが、亡くなる直前は確かに本人だった。  そのことでルイフォンは殺す以外の手段があったはずだと悔い、メイシアは死の間際だからこそ記憶を取り戻したのだと主張した……。 「自分を責めるルイフォンと、父は救われたのだと言う私とで、意見が重なることはありません。けれど私たちは、互いにそばに居たいと思いました。一緒に前に進みたいと思いました。――だから、論じることをやめました。どんなに論じても、未来には繋がらないから……」  そこで唐突に、メイシアは口元を抑えた。頬がさぁっと色を帯びたかと思えば、あっという間に耳まで赤く染め上がる。  自分を語ってしまったことに今更のように気づき、我に返って羞恥を覚えたらしい。 「で、出過ぎたことを、すみませんっ。……ええと、あの……だから、『母上も、いろいろ大変だったんだな』で、……その、どうでしょうか……?」  今までの威勢は何処に行ったのやら、急におどおどと尻窄みになり、体を縮こませてうつむく。  メイシア以外の三人は、唖然としていた。  けれどユイランが、急にぷっと吹き出す。明るい笑い声の中で、彼女は涼やかに言った。 「『母上も、いろいろ大変だったんだな』ね? ――そうよ、大変だったわ。でも、もう過去の話ね」 「あ、あの……、すみません……」  メイシアが一層、小さくなる。 「お前が謝る必要はないだろうが」  リュイセンは、やっとそう言えた。  だが、一度声を出したら、すっと心が軽くなった。  まったく。ルイフォンが選んだ女だけのことはあるというか。――メイシアが自分たちの住む世界に来てくれて良かったと、彼は思う。  そして、ふと気づいた。貴族(シャトーア)だったメイシアの家も複雑だったはずだ。政略結婚をした実の母親は、彼女が小さいころに家を出ていったと聞いている。  似ているのではないだろうか。――きっと、こんな話はどこにでもあるのだ。 「お前も、いろいろ大変だったんだな」  彼がそう言うと、メイシアは「リュイセン様?」小首をかしげた。 「いい加減、リュイセン『様』は、よせ。他人行儀だ」  なんだか照れくさくて、そっけなく言い放つ。リュイセンは横にいるメイシアから顔をそらし、そして前を見た。 「母上。――納得しました」  許すとか認めるとかではなく、納得した。 「――そう。よかったわ」  ユイランが短く答える。  母は必要なことをした。それだけのことだ。  リュイセンだって、必要なことなら自分の心を曲げてでも、やる。  結局のところ母子なのだ。つまり、同族嫌悪。  仲良くなれそうにもないが、『必要』だと言われて悪い気はしない――。 「それでは母上、未来の話をしましょう」  リュイセンの心は穏やかに晴れ上がった。 「俺はもともと、〈(ムスカ)〉が母上の弟と知って話を聞きに来たんです。――過去の〈(ムスカ)〉を知り、現在の〈(ムスカ)〉を読み解き、未来に繋げます」  リュイセンと目が合うとユイランは嬉しそうに頷き、いつもと変わらぬ涼やかな笑みを見せた。
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