第6話 かがり合わせの過去と未来(12)

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第6話 かがり合わせの過去と未来(12)

 生成りの壁紙も、木目の床も、色あせたような薄ら寒さに染まっていく。手紡ぎ糸のカーテンだけが、その風が錯覚であることを証明するかのように、ぴくりとも動かずにいた。 「なんの目的で彼を生き返らせたのかは分からない。けれど必ず、なんらかの意図が――ヘイシャオにやらせようとしている『何か』があるはずよ」  そう言ってユイランは、リュイセンを見やった。 「分かったかしら? 今、〈(ムスカ)〉を名乗っている男は、第三者が自分の目的を果たすために作った、ただの駒よ。だから、ヘイシャオとは『別人』なの」 「……!」  リュイセンは拳を握りしめた。  あの憎々しい男は、ただの駒でしかない。けれど、もっと、とてつもない陰謀の予兆である――。  にわかには、信じがたかった。  だが、母の説明は筋が通っていた……。 「あ、あの、ユイラン様、お聞きしてもよろしいでしょうか」  メイシアが、遠慮がちな細い声を上げた。 「私とルイフォンは、貧民街で〈(ムスカ)〉に会いました。そのとき、逃げる隙を作るために、私は彼を挑発しました。『過去に、イーレオ様に負けたのでしょう』と」  そのときのことを思い出したのか、メイシアは顔を強張らせる。 「〈(ムスカ)〉は私の想像以上に、我を忘れて怒り狂いました。彼は、イーレオ様に恨みがあると考えて間違いないと思います。しかしユイラン様のお話だと、ヘイシャオさんはイーレオ様を憎んでいないはずです。――ならば、今の〈(ムスカ)〉は、その第三者にイーレオ様への憎しみまでも植え付けられてしまったのでしょうか」 「それは……難しい質問だわ」  ユイランは、彼女らしくもなく口ごもる。 「ヘイシャオは〈七つの大罪〉のやりようには反感を(いだ)いていたけれど、技術そのものは称賛していたの。だって、ミンウェイの命が掛かっていたもの。――けど、イーレオ様は〈七つの大罪〉に関することは全面的に否定したわ。皆をまとめるためにも、それは必要なことだったから。だから、ヘイシャオとイーレオ様は対立していたと言えなくもないの」 「そう……ですか」  力なくメイシアが言う。 「イーレオ様にとって、ミンウェイは娘よ。可愛くないはずがない。ヘイシャオの意見も認めたかったはず。でも立場上、それはできない。……おそらくね、現在の〈(ムスカ)〉に対して、イーレオ様の態度が煮え切らないのは、過去のヘイシャオへの罪悪感があるからよ。〈(ムスカ)〉が狙っているのは一族ではなく、自分個人だと考えてらっしゃるから、万一のときはそれでもいいと思ってらっしゃるんだわ」 「そんな馬鹿な!」  リュイセンは反射的に叫んでから、そういえば、とイーレオの態度に納得する。  そんな息子を見ながら、ユイランは優しく微笑んだ。 「ええ、そんな馬鹿なことがあってたまるものですか。――あれは『別人』なの。ヘイシャオもミンウェイも、もういないの。だから、これ以上、悲しいことが起こらない『未来』を作らないとね」  ユイランは、切れ長の目に強気で涼やかな色を載せた。口元を引き締め、結い上げた銀髪(グレイヘア)を揺らして立ち上がる。 「ヘイシャオのことは、ここまで。それじゃあ、私がキリファさんから預かった手紙をメイシアさんに渡すわね」  これこそが、未来を切り(ひら)く鍵となるに違いない――。  そのとき。  がたんと、椅子の音が鳴り響いた。 「待ってください!」  戸棚に向かうユイランを、メイシアの凛とした声が引き止めた。
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