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第7話 幾重もの祝福(2)
ヘルメットすらも、もどかしく、ルイフォンはそのままバイクを疾走らせた。
事故すれすれの運転を繰り返し、対向車の怒声を置き去りにしながら、あっという間に目的地に到着する。
「早かったわね」
洒落た門扉の前で、十歳ほどの少女が待っていた。
艷やかな黒髪を両耳の上で高く結い上げ、花の髪飾りで留めている。顔立ちは鷹刀一族そのもの。良くいえば利発そうな、悪くいえば小生意気そうな雰囲気の少女だった。
お互いに顔を知らぬが、名乗らなくとも分かった。
「メイシアに何をした!?」
獲物を見つけた獣の目で、ルイフォンは少女――クーティエに迫る。
全身の毛を逆立てるように肩を怒らせ、視線で噛み殺さんばかりに睨みつける。ことの次第によっては、彼女を捕らえて人質とし、メイシアの身柄と交換することを考えた。
一方クーティエは、「えっ!?」と短く叫んで目を丸くした。
自分に向けられた殺気が分からぬような彼女ではない。ルイフォンの形相に、思わず逃げ腰になる。けれど、靴の踵がこつんと門扉に当たり、退路が断たれていることを知らしめられた。
「わ、私が何かしたんじゃないわ!」
彼女としては、一刻も早くルイフォンに来てもらえるよう、少しだけ大げさに言ったつもりだった。あくまでも『少しだけ』である。まさか自分が狙われるなどとは、微塵にも思ってもいなかった。
クーティエは窮地に立たされた。――だが、救いの神はすぐに現れた。
「叔父上、娘が失礼いたしました」
馴染みのある魅惑の低い声質。だが、甘やかな優しい響きは、ルイフォンのよく知る者ではない。
神々しいばかりの美の化身。リュイセンを十ばかり歳を取らせたような姿でありながら、まとう雰囲気はまるで違う――穏やかな微笑がそこにあった。
「レイウェン……か?」
「はい」
そう言って彼は門扉を開き、ルイフォンを招き入れる。
「本日は、娘が不躾にお呼びだてして申し訳ございませんでした」
血統を示すような立派な体躯をふたつに折り、大人の男が少年のルイフォンに礼を執る。その物腰は柔らかく、かつ堂々としていた。
「――っ」
心からの謝罪と敬意が感じられ、ルイフォンは言葉を詰まらせる。
レイウェンと会うのは初めてではない。だが、十年以上も前のことだ。ほぼ初対面と言っていいだろう。
見慣れた鷹刀一族の容姿で、こうも下手に出られると、調子が狂う。何しろ、イーレオやエルファンと同じ顔なのだ。
レイウェンは頭を上げると、目を細めてルイフォンを見つめた。
「突然のことでしたが、あなたにお会いできて嬉しいです、叔父上。――この呼び方は他人行儀ですので、『ルイフォンさん』と呼ばせてくださいね」
親しみの込もった微笑みが、なんともこそばゆい。やや強引であるのに、それを感じさせないのは、さすが鷹刀の血族というところか。
「ゆっくりお話したいところですが、まずはメイシアさんのところに行きましょう」
ルイフォンは、メイシアの名前に顔色を変えた。レイウェンが「ご案内します」と続けるよりも先に、家に向かって走り出す。アプローチがまっすぐに伸びており、迷うことなどなかった。
唖然と見送るクーティエが、ぽつりと呟いた。
「メイシアのために、飛んで行っちゃったのよね……?」
「当然だよ。彼にとって、メイシアさんは何よりも大切な方なんだからね。その想いを、君はからかうような真似をしたんだよ?」
たしなめるようにレイウェンが言う。
「う……。悪かったと思っている。けど、こういうの……憧れちゃうわ」
非を認めつつも、少女らしく頬を上気させる娘に対し、レイウェンは穏やかに苦笑した。
初めて訪れる他人の家に、勝手に入り込んだルイフォンを待っていたのは、一見、男にしか見えない背の高い女性――レイウェンの妻、シャンリーだった。
彼女はルイフォンの姿を見つけると、彼が口を開くよりも早く叫んだ。
「ルイフォン、待っていたぞ! こっちだ!」
廊下を走る彼女を追い、彼もまた走る。
リュイセンやチャオラウの姿もあったのだが、ルイフォンには見えていない。彼らが半ば呆れ顔だったことも、当然のことながら知る由もない。
「この先の階段を上がった二階だ!」
シャンリーが指差すと、ルイフォンは彼女を追い越して奥へと駆け抜けた。
階段の前で急停止すると、勢い余った黒髪が振り切られんばかりに流れゆき、金の鈴を煌めかせる。
「メイシア!」
二階に向かって、ルイフォンは叫んだ。木製の手すりを引っ掴み、彼は床を蹴る。
そのとき、頭上から扉の開く音がした。
「ルイフォン!」
硝子を弾いたような、高く透き通った声。
その響きを聞いただけで、彼の心は共鳴して大きく震えた。
――メイシア……!
彼女が無事で、そこに居る。
そう思っただけで膝から崩れ落ちそうになり、手すりを握りしめて体を支えた。
姿勢を崩し、目線の下がった彼の耳に、聞き慣れぬ衣擦れの音が届いた。不思議に思い、彼は足元から続く階段に視界を広げていく。
幾つもの段を巡り、たどり着いたその先は――。
「………………!」
天窓から陽射しが舞い降り、夢見るように幻想的な光景を浮かび上がらせていた。
そこに、純白をまとった彼女がいた。
銀色のティアラから、柔らかな風のようなベールが流れ落ち、薄い布地を透かした淡い光が全身を包み込む。
長い髪は結い上げられ、楚々としたパールで飾られていた。普段は隠されているうなじが、誘うようにベール越しに見え隠れする。
華奢な肩は、わずかにベールで覆われているものの、素肌の白さはおしげもなく晒されており、鎖骨のラインはくっきりと際立つ。可愛らしくありながらも、しっとりとした色香が匂い立っていた。
細い腰を強調しつつも、幾重にもフリルの連なった豪奢なスカートは大きく広がり、彼女が一歩、階段を降りれば、長い長い裾がするするとあとを追いかける。
今にも泣き出しそうな顔は、大きすぎる喜びからのものであると、彼は知っている。
彼は階段を一気に駆け上がり、彼女を抱きしめた。美しくも儚げな彼女は、彼の腕の中で確かな熱を持った存在になった。
涙に濡れた彼女の吐息が、彼の耳に掛かる。
「ハオリュウが……、ハオリュウが、私にドレスを……って。ユイラン様に、頼んでくれたの……!」
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