第1話 薫風の季節の始まり(2)

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第1話 薫風の季節の始まり(2)

 あの日――。  初めてふたりきりで迎えた朝に、ルイフォンはメイシアに尋ねた。 「……メイシア、『ホンシュア』って名前、覚えているか?」 「私を鷹刀に行くように仕向けた、偽の仕立て屋。――そして、ルイフォンが斑目の別荘で会ったという〈天使〉……」 「そうだ。彼女は、メイシアのことを『選んだ』と言っていた。……俺たちは、彼女によって引き合わされたらしい」  ホンシュアは、彼が『ルイフォン』であることを知っていて、そのくせ『ライシェン』という名前でも呼んだ。何かを知っている。何かが隠されている。 「ホンシュアがルイフォンのお母様……ということは……?」  ホンシュアもまた、〈影〉にされてしまった不幸な人で、その中身はルイフォンの母親なのではないか。――そう言いたいのだろう。  ホンシュアは〈影〉である。それは正しいと思う。けれど――。 「彼女は母さんじゃない。雰囲気も、口調も違う。……でも、何か重要なことを知っている……と思う」 「――なら、私ももう一度、彼女に会って、お話したい」  一緒にホンシュアに会いに行こうと、メイシアと約束した。  けれど、それは永遠に叶わなくなった。  ――ホンシュアが死んだのだ。  背面が無残に焼けただれた死体となって、貧民街で見つかった。情報屋のトンツァイが、そう教えてくれた。  ホンシュアはずっと、「熱い、熱い」と苦しげに訴えていた。  初めは人と同じ姿をしていたが、彼の目の前で、光の糸を絡み合わせたような、不思議な羽を背中から生やした。その羽は熱を持ち、彼女が苦悶の表情を浮かべたときには、炎のように熱くなっていた。  ……おそらく羽が、彼女の体を内側から()き尽くしてしまったのだろう。  ホンシュアは、闇の研究組織〈七つの大罪〉の実験体――。  そんなことが容易に想像できた。  今回の事件。メイシアの実家、藤咲家が関わる件については決着を迎えた。  だが、鷹刀一族にとっては、まだ終わっていない。  数日前。今後について話すため、イーレオは屋敷の中枢たる面々を集めた。その席で、ルイフォンは問うたのだ。 「親父、正直に答えてほしい。――……」
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