第7話 幾重もの祝福(4)

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第7話 幾重もの祝福(4)

「……!」  ルイフォンは息を呑んだ。  最愛の異母姉をルイフォンに託してくれた、事実上の義弟。ハオリュウは、たった十二歳の双肩に貴族(シャトーア)の当主としての重責を担い、忙しい日々を送っているはずだ。  それでいてなお、異母姉やルイフォンのことを忘れずに、こうして手を回してくれるとは……。 「けど、何故ハオリュウがあなたのところに?」  ルイフォンが尋ねると、ユイランは「それは……」と言って、レイウェンに視線を向けた。  レイウェンは穏やかに微笑み、「まだ、公式には発表されていませんが」と前置きをして言った。 「女王陛下の婚礼衣装担当家となった藤咲家の当主として、ハオリュウ氏が我が家を訪ねてきたんですよ。ご丁寧に祖父上の紹介状まで提示され、(おそ)れ多くも女王陛下の衣装制作に協力してほしいとのことでした。――ありがたく、お受けしましたよ」  それは初耳だったのか、メイシアが驚いたように目を見開いた。 「そして、ハオリュウ氏がおっしゃったのよ」  と、ユイランが続ける。 「『本当に見たいのは、女王陛下ではなく、異母姉の花嫁姿です。赤の他人のためにばかり奔走して、身内がおろそかになるというのは釈然としません。だから、異母姉の衣装をお願いします』ですって。――素敵な異母弟さんね」  不敬罪に問われそうな、どことなく毒を含んだ言葉が、如何にもハオリュウらしい。無邪気な顔をして、にっこりと笑う姿が目に浮かぶ。  ユイランは、くすくすと笑いながら「だから、あなたに会えるのが本当に楽しみだったのよ」とメイシアに優しげな目を向けた。 「来年の春まで、まだ時間はたくさんあるわ。メイシアさんのためだけの特別な一着を、一緒にゆっくり考えましょうね」  ユイランがそう言って締めくくろうとしたので、ルイフォンはメイシアの腰に手を回して彼女を引き寄せた。 「このドレス、よく似合っているから、こんなんでいいんじゃないか?」 「ルイフォン! 私、肌があまり見えるのは……」 「お前がそう言うのが分かっているから、先に言ったんだよ。俺は、綺麗なお前を自慢したいんだ!」  きっぱりと言い切る彼に、きゃあきゃあというクーティエの歓声がかぶる。  ――そんな華やいだ空気を斬り裂くように、リュイセンの低い声が響いた。 「母上」 「ええ。分かっているわ」  涼やかな瞳に、揺らぎなき強い光を載せてユイランは頷く。  そして――。 「ルイフォン」  唐突に発せられた、険しさすら感じられる声。それだけで、場の色が急速に塗り替えられていく。 「ごめんなさいね。楽しいお話はここまでなの」  メイシアが、はっと顔色を変えた。細い指が、彼の服の端をぎゅっと握る――おそらく無意識のうちに。 「私は、メイシアさんに三つの用件があったの。――ひとつ目は、今話した通り。藤咲ハオリュウ氏に依頼された衣装の件。そのための採寸ね。そして、ふたつ目はイーレオ様からの依頼」 「親父から?」 「ええ、メイシアさんに『私の弟のヘイシャオのことを含め、過去の鷹刀について教えること』」  一瞬、何を言われたか分からなかった。  ルイフォンは声も出せず、冴え冴えとしたユイランの美貌を凝視する。 「この件は、既にメイシアさんとリュイセンに話してあるわ。あとでふたりに聞いてちょうだい」  ユイランの目線がメイシアを指し、それを追うように見やれば、気遣わしげな黒曜石の瞳がルイフォンを見上げていた。  せっかくの純白のドレスが、影を帯びてしまっている。  ルイフォンはわざとらしいくらいに、ぐっと口角を上げ、笑みを作った。彼女の髪をくしゃりとする代わりに、ベールをつまんで彼女に応える。――大丈夫だ、と。 「分かった。ふたりに聞いておく」 「ありがとう」  そう言ってユイランが目を伏せると、白髪混じりの睫毛が綺麗に並んだ。その顔を見て初めて、彼女も緊張していたことに気づいた。 「それでは、三つ目ね」  心なしか、ユイランの声が高ぶる。 「私は、ルイフォン――あなた宛ての手紙を預かっていたの。それをメイシアさんに届けてもらおうと思ったのよ」 「俺宛ての手紙!?」 「ええ。だけどメイシアさんが、私からあなたに直接、手渡すべきだとおっしゃってね――」  メイシアなら、そう言うだろう。ユイランの人となりに触れたなら、ルイフォンと会わせるべきだと考えるはずだ。 「で、その手紙というのは誰からだ?」 「――キリファさんよ」
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