第8話 星霜のことづけ(5)

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第8話 星霜のことづけ(5)

 ルイフォンは、メイシアの向かいの椅子に戻り、彼女を正面から見据えた。 「メイシア」  不意に名を呼ばれ、彼女はきょとんと首を傾げる。 「〈天使〉のホンシュア。彼女は、たぶん〈影〉だった。だから、ホンシュアは死んでしまったけど、中にいた人物は別のところにいる」 「え? ええ……」  それは分かっていたけれど、どうして急にそんな話を? と彼女の目が言っている。 「セレイエだ」  メイシアは、瞳を瞬かせた。一度で飲み込むには、あまりに唐突な話だったようだ。 「ホンシュアは、セレイエだ」 「えっ!? ――あぁ……」  セレイエは、ルイフォンの異父姉で、リュイセンの異母姉。ふたりに共通した『姉』。  ルイフォンとリュイセンのふたりを知っていて、親しげに、懐かしげに話しかけてきたホンシュア――セレイエをおいて、該当する者など他にいない。 「母さんとユイランの仲が悪いと思い込んでいたから、セレイエとリュイセンに面識があることをすっかり失念していた」 「あ、うん。リュイセンとセレイエさんは、子供のころ一緒に遊んだって。レイウェン様やシャンリー様とも。とても仲の良い兄弟姉妹(きょうだい)だったみたい」  シャンリーとセレイエがいたずらを仕掛け、レイウェンがそれを穏やかに受け止め、年少のリュイセンがおろおろする、といった構図だったのだが、そこまで詳しいことはメイシアは聞かされていなかった。 「なら、間違いない。……帰りがけにユイランが、セレイエを探せと言っただろ?」 「ええ」 「ユイランは、ホンシュアがセレイエだと気づいていたんだ」 「えっ!?」  メイシアが鋭く声を上げ、目を丸くした。素直に驚く彼女は、なんとも可愛らしい。ルイフォンは小さく笑う。 「ユイランにとってはさ、母さんやセレイエは、今でもすぐに思い出せる大切な家族なんだ。俺とリュイセンに親しげに話しかけた人物なら、それはセレイエだ、って簡単に見破ったんだと思う」  だから、それとなくルイフォンに教えてくれたのだ。はっきり言わなかったのは、確信はあっても、証明することができない。それに、自分が出しゃばる場ではないとの判断だろう。  ユイランは人一倍、周りに気を配り、裏方に徹する。彼女の過去の話なんて、いい人過ぎて気味が悪いくらいだ。きっと母キリファも同じように感じたからこそ、苦手だったのだろう。  けれど、キリファは間違いなく、ユイランに親愛の情を寄せていた。気の強いキリファは決して認めないだろうけど、知らずのうちにユイランの優しさに甘えていたはずだ。  ――そうでなければ、最後の『手紙』を託す相手に選ばないのだ。 「ホンシュアの正体が分かったところで目的はさっぱり分からないし、それにホンシュアの『体』だった人物のことを考えると、なんとも言えない気分なんだけどさ……」  貴族(シャトーア)と駆け落ちしたセレイエに、いったい何があったのか。  そして〈影〉であるホンシュアが、〈悪魔〉の〈(サーペンス)〉だというのなら、セレイエもまた〈悪魔〉になっていたというのか――。 「母さんは、何か知っていたんだろうな……」 『女王の婚約が決まったら』――母は、そう言い遺したという。  そして、ホンシュアが口にした『デヴァイン・シンフォニア計画(プログラム)』。  このふたつの言葉を重ね合わせると、まるで女王の婚約を発端に――開始条件(トリガー)にして動き出すプログラムだ。  ――そういうことなのか? すべては計画(プログラム)されていたとでも言うのか?  つまり、〈七つの大罪〉の正体は……。 「ルイフォン、顔色が悪い。大丈夫?」  鈴を振るような声に、はっと思索の海から飛び出すと、不安に揺れる黒曜石の瞳が、まっすぐに彼を見つめていた。  ルイフォンは机に身を乗り出し、ぐっとメイシアに向かって手を伸ばした。彼女の細い指先をすくい取り、自分の指と絡め合わせる。 「ど、どうしたの?」  彼女の戸惑いにも構わず、彼は強く手を握った。  セレイエが引き合わせた――何もなければ、決して出逢うことのなかった、メイシア。辛い目にも遭わせた最愛の彼女。もう、悲しい顔などさせない。  メイシアは、必ずこの手で幸せにする。  ルイフォンは、にやりと不敵に笑った。 「お前が居るから、俺は大丈夫だ。――そばに居てくれて、ありがとうな」  そして、告げる。 「愛している」  メイシアの花の(かんばせ)が、(あで)やかに咲き誇った。――と同時に、涙の蜜がほろりとこぼれる。先ほどの涙のためか、涙腺がとても緩くなっていたらしい。彼女は「あっ」と、声を上げてうろたえる。  ルイフォンは、くすりと笑ってテーブルを回り込んだ。その流れのまま、前置きなしに、強引に涙を舐め取ると、彼女は更に(くれない)に咲き乱れる。 「あ、あのっ……。わた、私も……あ……」  しどろもどろでありながらも、懸命に声に出そうとする彼女が愛おしい。 「あ、愛して、います……」  想いを言葉にしてくれたメイシアに、ルイフォンは抜けるような晴れやかな笑顔をこぼし、ふわりと優しく抱きしめた。 ~ 第一章 了 ~
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