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第2話 猫の系譜(5)
ふつりと糸の切れた操り人形のように、ルイフォンはソファーに倒れ込んだ。
「ルイフォン!」
執務室に、メイシアの悲鳴が響く。
「――そうだ。お前の母キリファは、〈天使〉だった」
遅れて、イーレオの低い声がかぶさる。
崩れ落ちたルイフォンは、魂が抜けたかのように無表情だった。背もたれに身を預けることで、やっと体を起こしている……。
――自分から訊いた。確信を持って尋ねた。
なのに彼は、心臓が凍りついていくような衝撃を受けていた。推測することと、それが正しいと断言されることの間には、大きな隔たりがあることに初めて気づいた。
隣では、青ざめたメイシアが、今にも泣き出しそうな顔で彼を見つめている。
「黙っていて悪かった――と言うべきか?」
肘掛けに肘をついたまま、イーレオは肩を落とした。
「だがな……。別に、隠していたわけじゃない。キリファ自身が言わなかったことを、俺が勝手に言うのも違うだろう?」
寂寥を帯びた目で、イーレオが溜め息をつく。
その目がちらりと、同じく昔を知る長子エルファンを見た。彼ら父子は、そっくり同じ顔をしていた。
「それでも、お前には言っておくべきだったかもしれんな……。――部屋に帰って少し休め。今日はこれで解散とする」
「……っ」
ルイフォンは口を開けた。けれど、声が出なかった。
困惑を見せながらも、一同が腰を浮かせ始める。その光景を、彼の目はただ虚しく映す。
――このまま部屋に戻って休めだと? 納得できない。
親父はまだ、何かを知っている。どんな些細なことでもいいから、知っていることをすべて吐き出してもらうまで、解散なんて認められない。
心は強く、そう訴えているのに、体が動かない。
そのとき――。
「お待ちください!」
凛とした高い声が、皆の足を縫い止めた。
「ルイフォンの質問は、まだ終わっていません」
メイシアが綺麗に足を揃えて背筋を正し、その場に留まり続けるべきだと示す。膝に載せた手は、小刻みに震えている。けれど彼女は、それを握りしめることで必死に動きを抑えていた。
「立場もわきまえず、申し訳ございません。でも、まだ、ルイフォンが……」
「メイシア……」
ルイフォンは呟いた。
その名前は、凍った体を溶かす呪文だったのだろうか。
動かなくなっていたはずの腕が、すっと動いた。彼女の肩を抱いて、胸元に引き寄せる。彼女の瞳からこぼれかけた涙を、そっとシャツで拭く。
「悪い、俺としたことが取り乱した。……さすがにショックだったからな。すまん」
いつもの調子に戻ったルイフォンに、皆がほっと胸をなでおろした。
そうして一同が席に戻る。
ミンウェイとメイシアが、ワゴンに用意してあった冷たい茶のおかわりを配り、仕切り直しとなった。
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