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彼らの情報交換場所は都内に隣接する県の比較的人口の少ない地域だった。
そこにあるバーの裏部屋に復讐代行屋があるという。機関の人員たちがバー周辺に身を潜める。楓と紅葉は二人でバーへと入っていった。バーは未成年も入ることを許可しており、誰でも自由に入ることができた。復讐代行人には未成年もいるらしい。
階段を降り、地下に行くと木材で作られた扉がある。そこを開けると橙色の光に包まれた空間が顕になる。紅葉は初めて見るバーの景色に瞳を輝かせた。現在、紅葉はシステムの搭載されたサングラスをかけているため彼女の瞳の輝きは側から見えない。
「(楓、すっごいねー! なんだか大人になった感じ)」
「(あまりハメを外してはいけないよ。いつ気づかれるか分からないから)」
陽気な紅葉とは裏腹に、楓は終始神経質になっていた。
今回の作戦で、未成年である二人が潜入する事になったのは、互いに無言の元でやりとりを行うことができるからだ。何も喋らずコミュニケーションが取れるというのはこうした潜入捜査では重宝される。
バーに入ると席に腰をかけた。マスターがこちらへやってくるので、適当にドリンクを頼む。もちろん二人ともノンアルコールのドリンクを注文した。復讐代行人は深夜にも仕事をするらしい。そういう人たちに向けて用意しているのだろう。
「ずいぶん若いお嬢ちゃんだな。いくつ?」
特に何も話すことなくいると、不意に横にいるおじさんが声をかけてきた。頬が赤くなっていることから酔っている様が窺える。楓は悪絡みしてきた彼に対して、鋭い視線で威嚇した。彼はそれで怯んだのか目を泳がせると、何事もなかったかのように体を背けた。
楓はホッと一息つく。潜入前に一悶着起こしたくなかった。
ちょうどそのタイミングでマスターがドリンクを運んできた。楓はマスターがドリンクを置いた瞬間、左手の手の平を上に向けた後、手を横にして拳を握る。これが復讐代行屋に入るための秘密のアクションらしい。
マスターは楓に頷くと、そのまま二人の元を離れた。
特に何も起こらなかったが、本当にこれで良かったのだろうかと二人は顔を見合わせる。それからしばらくドリンクの味を堪能し、店を後にした。支払いを済ませ、レシートを握ると下に一枚のカードが添えられているのが分かった。おそらくこれが復讐代行屋に行くためのキーなのだろう。会計を終え、バーを出る。
「それ、どこの鍵だろう?」
「復讐代行屋はあのバーの中にはないってこと?」
「おい、嬢ちゃんたち。ひょっとして復讐代行屋は初めてか?」
二人で話していると不意に後ろから声が聞こえた。楓はドキッとしながらできるだけ平然を装って後ろを振り向く。視界に入るのは自分たちよりもひとまわり大きい筋肉質の男。目には切り傷があり、マントで身体を隠している。肩にはギターバッグをかけていた。
復讐代行人。一目見ただけで彼がそれである事はわかった。
「はい、そうなんです。ただ、バーの中にあると思っていたら、カードだけ渡されたので、ここからどうすればいいのか分からなくて」
紅葉は頭を掻きながら、男に返答した。
「そうだったのか。そのカードを持ちながらウロウロされては困る。俺が案内してやろう」
男はそう言うと彼女たちを抜かして歩き始めた。二人は一度顔を見合わせる。ここでついていかなければ、流石に怪しまれる。互いに頷き、男の後ろをついていった。
男が向かったのはバーのある建物の裏側。そこも地下へといく階段があり、降りると扉がある。木材の扉ではなく、コンクリートで固められた扉。黒色のドアノブの上部が四角型に白く塗られており、そこにカードをかざすと開錠される音が鳴る。
「「(おおっーーー)」」
心の中の感嘆する声が互いにリンクする。男は扉を開けると、紳士らしく二人を先に通した。中に入ると、先ほどのバーとは打って変わって酒場の雰囲気を纏った景色が見られる。古びた木製のテーブルと椅子。オレンジ色に包まれた明るい空間。
雰囲気とは逆に、今は人気は全くなく、店員すらもいなかった。
楓は酒場を見渡す中で、気になるものを発見した。木材で作られた掲示板だ。掲示板には同じような書式の紙がいくつもある。それら全ては上側をナイフで留められていた。紙に印刷された顔写真からおそらく依頼書である。
それを見て、とうとう『復讐代行屋』に来てしまったのだと実感した。思わず息を飲んだ。
「危ない!」
驚愕した紅葉の声と共に左側に衝撃が走る。楓は衝撃に耐え切ることができず、体勢を崩した。体勢を崩す中で、楓は視界に入った情報から状況を読み取っていく。
目の前に広がる赤色の液体。自分の左腕を襲った痛みは同調した紅葉の痛みだったようだ。そして、その原因となったのが、自分たちの後ろにいた男が持つ拳銃。銃口は先ほど自分が立っていた場所に向けられていた。
紅葉がいなければ、完全にやられていた。反省しつつも、次の行動に思考は流れる。
男の持つ銃口は左へと動き、倒れた自分たちへと照準が向けられようとしていた。楓は近くにある椅子の下部に手を添えると勢いよく男へと投げつけた。
不意の行動に男は身構え、銃口はあらぬ方向へと向けられる。その瞬間を逃すことなく、楓は腰部につけていた銃を手に取り、男に向けた。彼は向けられた楓の銃を見ると動きを止めた。代わりに落ちていた口角が一気に上がる。
男からは未だに殺気が流れている。そして、それが楓の記憶を疼かせた。
瞳孔が開いていくのが分かる。額からは冷や汗が流れる。心拍数は一気に上がり、自分が動揺しているのが分かった。
私はこの男を知っている。そして、この男は私たちを知っている。だから殺そうとしたのだ。
「随分といい動きをするようになったな。あの時は一歩も動くことができなかったのに」
答え合わせをするように男は言葉を口にした。
楓の記憶が徐々に蘇る。血塗られたリビング。血塗れの両親。自分が見たのはそれだけじゃなかった。全身に布を纏い、フードをかぶった男。彼は私たちを見ると、不気味に口角を上げ、その場を立ち去った。
「お前……」
動揺はいつしか憤怒へと変わっていた。
拳銃を握り締める手の握力が強くなっていく。
ようやく出会えた親の敵。引き金を引けば、未練を晴らすことができる。
だが、その前に楓の足元にカランッ、カランッと音を立て、金属で作られた丸い物体が転がってきた。
爆弾。それを認識する前に体は動いていた。紅葉を両手で持ち、一緒になって右側へ逸れると、テーブルの端を蹴り上げ、爆弾と自分たちの間に隔たりを作る。
しかし、いつまで経っても爆弾は爆発しなかった。
フェイク。そう気づいた瞬間、テーブルを貫通し、弾が自分の右腕をかすめる。
やられた。いや、そんなことを考えている場合ではない。楓はそう思うと紅葉を蹴る。
対して、紅葉も同じことを考えており、互いに互いを蹴って、左右へと別れる。その瞬間、自分たちのいたテーブルに二、三度穴が空いた。蹴られた反動で床を転がり、敵を欺く。
その中で、楓はようやく冷静さを取り戻してきた。感情ばかり動いていては敵は倒せない。アンμでよく言われることだ。
目を動かし、男の様子を見る。彼はこちら側に銃口を向けていた。
楓は寝そべった状態を、手を使って起こす。男の照準が自分に定まった瞬間に目の前にあった椅子を力強く蹴った。男の引いた引き金は椅子に当たる。一瞬訪れる静寂の間。それを見逃すことなく、楓は男に向けて発砲する。
弾は男の銃を持っていた腕を掠めた。反動か、男のバランスが崩れる。
それを見逃すことなく、紅葉が彼へと急接近する。彼がそれに気づき、銃を向けた瞬間に下にしゃがみ込み、銃口を蹴り上げる。
衝撃で彼の手から銃は離れ、上へと舞い上がる。
今度は紅葉の番。持っていた銃を彼の体に向けて発砲。しかし、彼は体を逸らして、銃口から身を外していた。そのまま体を回し、紅葉の横につくと、腕で紅葉の首を締め上げる。紅葉は苦しみのあまり銃を手から滑り落とす。男はさらに身体に取り付けていたもう一丁の銃を取り出し、彼女のこめかみにつけた。
その間、楓は銃口を彼に向けていたが、紅葉を撃ってしまう可能性があったので、引き金を引けずにいた。
怒涛の展開の後に訪れる長い沈黙。苦しむ紅葉に、歯を噛み締める楓、口角を上げて不気味に笑う男。この構図だけで形勢は明らかだった。
「銃を置け。さもなくば、家族をもう一人殺されることなるぞ」
彼のその言葉が楓の心を打つ。楓は彼の指示に従い、腰をかがめながらゆっくりと拳銃を持った手を下ろしていった。紅葉がいなくなったら、自分はきっともう生きる気力を失くしてしまうだろう。紅葉がいたからこそ生きることができた。彼女と私は一心同体。互いに『同調』している。
拳銃を地面に付け、そのまま手から滑り落とす。
その束の間、男が最後に油断する瞬間を二人が見逃すはずがなかった。紅葉は彼の拳銃を持っていた手に拳を突き当て、自分の頭から銃口を逸らす。
男の視線が紅葉にいく。そのタイミングで楓は銃を再び握り締めると男に照準を合わせ、迷うことなく引き金を抜いた。紅葉に気を取られていた男は発砲音で気づくが、時はすでに遅かった。弾は綺麗に男の頭を撃ち抜くと血を噴射させながら男は地面に倒れていった。
楓は一息つくと、その場に崩れ落ちる。紅葉は男の腕から擦り落ちるとそのまま仰向けになった状態で天井を覗いた。
二人は常に同調している。それ故に、互いの行動を寸分の狂いなく合わせることができた。
二人が一緒にいたからこそ、彼女たちは親の仇を打つことができたのだ。
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