Anonymous〜この世界にいない君に〜

Prologue Tragedy

そんな中、救急車がサイレンを鳴らしながらアパートの敷地内に入って来る。救急車から救急救命士が姿を見せ、現場に先に来ていた警察官に怪我人がいないか訊ねた。

「幸い、このアパートの住人は今夜開催されている花火大会に行っていたり、何かしらの用事があって一組の家族を除いて外出しています」

警察官はそう言った後、救急救命士の前からいなくなり、パトカーへと向かう。パトカーの後部座席のドアを開けると、中から一人の少女が降りてきた。その少女を見て、救急救命士は言葉を失う。

少女の腰ほどまである黒い髪はボサボサで、長い間美容室に連れて行ってもらっていないことが一目でわかった。そして、彼女が着ている服はボロボロで薄汚れ、その体はどこか痛々しいほど痩せ細っている。

「この女の子がこの火事の通報者で、アパートに残っていた一人です。彼女の両親は残念ながら……」

警察官は話の途中で口を閉ざす。突然の悲劇に見舞われた少女の前で話す内容ではないと判断したのだろう。救急救命士は懸命な判断だと思いながら、小柄な少女に目線を合わせ、「どこか怪我をしていないか病院で先生に診てもらおうか」と言い、救急車へと誘導する。少女は無表情で、口は一つに閉ざされたままだった。