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「じゃあ、地蔵っち。これからもよろしくね」
岸辺にたどり着いた私たちは、今後のことを話し合った。私は一度現世に戻り、人間に変化してスマホの充電器を大量に購入することに。アカネはロケハンがてら、とりあえず死後の世界をあれこれ巡ることになった。
「あの世の映像とか、一千万回再生は余裕でいくわよきっと」
「あんまり派手に動かないでくださいよ。追手が来るかもしれないし」
「地蔵っち、もしかして仕事辞めたこと後悔してる?」
「何千年も同じ場所にとどまる地蔵は、変化を恐れる封建的な性格なんです」
「まあ大丈夫だって。私も会社勤めなんて一度もしてないけれど、なんとか生きてるし」
そう言いながら、死人のアカネは無責任に笑っている。その様子を見ていると、確かに緊張しているのが馬鹿みたいに思えてきた。人間を救うはずの自分が、反対に救われている。同僚が聞いたら、地蔵の面汚しと非難することだろう。そんな恥ずべき経験をしたのだから、もう恐れるものは何もない。
充電器の購入を終え住処に戻る頃には、東の空は白んでいた。数日続いた雨はあがり、祠の中をひんやりとした空気が包んでいる。
祠に入るとどっと疲れが襲ってきた。私が祀られている場所は、千人にも満たない山村の、そのまた外れにある。目の前の家には腰の曲がった婆さんが一人で住んでいて、毎朝お供え物を置いてくれる。殊更に信仰心があるわけではないせいか、お供え物もぞんざいなところが見受けられる。いつだったか野良猫にやるキャットフードが置かれていたことがあった。その点だけは多少辟易するが、婆さんの素っ気なさは嫌いではない。
私は懐から濡れた名簿を取り出し、アカネの「輪廻転生歴」をもう一度確認した。何代か前を辿ると、紅海という名前が記されている。江戸末期に生きた仏師として全国を行脚し、数多くの地蔵を残した。その大半は明治の頃に壊されてしまったが、中には今日まで生き残った地蔵もあった。例えばとある山村の、寂れた祠の中で雨漏りに悩まされている地蔵も、どうやらその一つらしい。
さて、明日はどこを案内しようか。閻魔大王による裁判を傍聴しようかしらん。八大地獄を巡るツアーなんかも面白いかもしれない。アカネのことだから、「地獄をぶっこわーす」なんて言い出しかねないが、それもまた一興だ。色々あったが、一日をなんとか終えられたことを良しとしよう。
とろりとした眠気が、身体を包み込んだ。
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