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動画配信者の習性というのだろうか。私が水子先輩に怒られている様子を、アカネはこっそり撮影していたらしい。
「水子先輩でしたっけ? この動画を配信したら、あなたきっと大炎上しますよ。私も迷惑系から告白系配信者にモデルチェンジしなきゃいけないかしらん」
「何言ってやがる、現世に居ないお前に何ができるというのか」
その言葉を待っていたかのように、アカネが私の腕を絡みとる。
「でも、その現世とあの世を行き来できる人――じゃなくて地蔵っちがいれば?」
水子先輩が鬼のような形相でこちらを見る。少し前ならすぐに視線を外していたところだが、今は怖くない。うん、怖くない。
「私が撮影したこの動画を、地蔵っちに投稿してもらうの。そうすれば炎上間違いなしよね。お地蔵さんのイメージ、もの凄く悪くなるだろうなー」
さすが迷惑系。相手の嫌がるポイントを的確に突いてくる。衆生を救う存在である地蔵にとって、人間との信頼関係は何より重要だ。だから昔話や民話を存分に駆使し、地蔵に好印象を持つよう何百年かけてステマしてきたのだ。
「…………何が望みだ」
絞り出すような声で水子先輩が尋ねる。
「望みっているほどじゃないけど、見逃して欲しいのよね。地蔵っちから聞いたわよ。三途の川の下流に流されれば、転生しないで済むんでしょ」
滅多にないケースだが、この後の裁判を受けずに逃げ続ける人間はたまに表れる。
「なんだ、地縛霊にでもなりたいのか?」
「そんな辛気臭いのなんてまっぴらよ。ワタシはずっとワタシでありたいの。来世で極楽浄土に行けたって意味がないの」
私たちの存在意義を全否定しかねない言葉だが、すっと心に染み込んできた。私らしさとは何だろうか。少なくとも、先輩にいびられていることではないは確かだ。
「だから、ワタシと地蔵っちの脱走が成功したら、あの動画は削除する。それでOK?」
「お前はそれでいいのか? この仕事を失えば、地蔵としてのアイデンティティは喪失するんだぞ」
いつもの勢いを失った水子先輩の眼をまっすぐ見て、私は縦に頷く。
「この仕事に未練はありません。私はアカネと旅をして、本当にやりたいことを見つけます」
もうブラック企業はこりごりだ。
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