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「大人になれない大人がいる」といったニュースを耳にしたことはあるが、いやいや本当に居るとは。大人になってから河原を訪れる、そんな親不孝者が目の前に現れるなんて。何でも、中学二年の時に登校拒否になってから、ずっと家にいるらしい。しかし本人曰くそれは大いなる誤解だという。 「いじめが原因とかじゃないし、ただ校則とかが合わなかっただけだし。前向きな登校拒否って感じだから、そこんとこ間違えないでよね」 「失礼しました。じゃあニートってことでいいですね」 「いやいや、配信者として動画サイトで稼いでたから。迷惑系としてわりと有名だったんよ」  そう言うと彼女は、死装束の懐からスマホを取り出した。死者が持ち込めるのは確か、三途の川を渡るために必要な六文銭だけではなかったのか。なぜ私の目の前で、「河原の石 効率よい積み方」を検索しているのだ。 「スマホ決済オンリーって言ったら、簡単に持込みOKだったよ。地蔵っち」  そんなわけがない。きっと彼女の詭弁に騙されたのでもしただろう。 「地蔵…っち?」 「そう、カワイイでしょ」  人を食ったようなその態度が、ますます私の心を逆撫でる。彼女の言葉を無視して残った仕事を続けることにした。 「あなたはこの度、賽の河原における贖罪をすべて終えました。これから三途川を渡りますので、急いで支度を済ませてください」 「う~ん、悪いけど今回はパスってことで」 「パス?」  思わず聞き返す。こんなことは初めてだ。 「だってここから出たら、地獄に堕ちるんでしょ。むかし本か何かで読んだ気がする。三途の川の向こうは地獄だって」  正確には少し違う。全員が地獄に行くわけではない。生前の行いによって、衆生は六道(天、人、修羅、畜生、餓鬼、地獄)のどの道に生まれ変わるかが決まる。その行き先を決めるべく、これから三途川を渡り裁判を受けに行くのだ。 「ほら、ワタシが辞退すれば一人分枠が空くわけじゃん。他の子に譲ってあげるからさ」 「恥ずかしながら、私は現場のイチ地蔵。名簿の子供たちを集めて三途川を渡る。それしか出来ないんですよ」 「なんだ新人か」  彼女の口調に軽蔑の色が混じる。 「ならちゃんと上司に確認しなきゃ。もしかしたら、イレギュラーなケースだってあるかもよ」 「しかしマニュアルには無かったから……」 「マニュアルマニュアルって、詰まらない地蔵だねあんたも。そんなんじゃ、この先苦労するゾ」  何故私は、こんな小娘に説教を受けているのだろうか。 「…………ちょっとだけ待ってもらえますか。上の者に相談してみます」
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