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「馬鹿かお前は。無理に決まっているだろう」
物陰に隠れて事の始終を見ていた先輩の水子地蔵が、苛ついた声を私にぶつける。お供えの餡ドーナッツをぱくつきながら喋るせいで聞き取りにくい。
「そこをなんとかお願い出来ませんか?」
「一人ひとりの都合なんて考慮していたらキリがなかろう。それとも何か、お前は全員の身の上話を聞いてやるというのか?」
ごもっともな意見が突き刺さる。ぐうの音も出やしない。黙る私に、先輩は「三十点、赤点」と告げた。今日は、二百年続いた水子先輩とのOJT最終日。合格すれば晴れて一人前の地蔵として認められるが、この様子だと結果は知れている。
「ったく、本当に落ちこぼれの役立たずだな」
それから一時間余り、水子先輩は、様々な語彙を駆使して私を罵倒し続けた。
薄々気づいている方もいるだろうが、地蔵は酷く口が悪い。「地蔵=優しそう」は、人間が勝手に作り上げた虚像である。地蔵界はバリバリ体育会系の縦社会。新米は先輩地蔵にも鬼にも、敬語が絶対。たかだか二百年しか生きていない私は、偉そうな口はきけないのである。
「いいか、人間を甘やかすな。そんな簡単なこともできないなら、お前も一緒に地獄に落とすぞ」
そう言うと、水子先輩は食べかけの餡ドーナッツを私に投げつけた。
先輩の言葉を伝えに戻ると、アカネは呑気に河原の石で水切りをしていた。平べったい石を探すために、子供たちが積み上げた塔を崩している。鬼よりも、鬼。
名簿を取り出して彼女の頁を開いたが、そこには他殺としか書かれていない。これは私たち地蔵が人間に余計な感情移入をしないための措置で、名前と性別、生年月日の他には、輪廻転生の履歴が書かれているぐらいだ。アカネの直近の前世はメスのカマキリだった。
「で、どうだったの?」
「すみません。やっぱりだめでした」
彼女は深いため息を吐く。
「バイト君だってもうすこし役に立つわよ。てか、あなたが怒られている様子をずっと見ていたけどさ、あんなハゲに言われ放題で悔しくないの?」
そんなことは言われるまでもない。
「だったらもっと頭を使いなさいよ」
そう言うとアカネはスマホを取り出した。そして、
「これで、地蔵っちの未来を変えてあげる」と不敵な笑みを浮かべた。
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