第一話 望月 麻美

11/11
前へ
/523ページ
次へ
「厨房の人が間違って同じ小鉢を二つ出したから、そのまままとめてもらってきちゃった。よかったら土屋さんも食べて」  少し自慢げに差し出した。  カウンターの方をチラッと見た土屋さん。 「ああ、庵野さんですね」と小さく二回うなずいくと、ありがとうございます、いただきます、と山盛りになっているきゅうりちくわを箸でつまんだ。 「あの人、いま奥さんが不妊治療中みたいで、その事が気になっているのかも、ですね」  何気ない、奥さんが、という言葉が引っかかった。それは違う。  でも土屋さんはまだ二十代前半の独身で、そんなことは知る由もない。  白身魚フライの上にタルタルソースをのせて口の中へ。サクサクの衣を噛むと中からしっとり熱々の白身がホロホロとほどけてく。その淡泊な旨味に濃厚なタルタルソースが合わさって、その味わいに集中し脳裏に浮かんだ嫌悪感を打ち消した。  厨房の庵野さん、仕事に支障がでるような状況なら不妊治療なんてもうやめた方がいいのでは、同僚にも迷惑をかけているみたいだし。あの顔はおそらく家庭内もうまくいっていないのだろう。  ちーちくときゅうりちくわをひとまとめにして口に入れ、その味を噛みしめた。  これもまた、とてもおいしいじゃないか。
/523ページ

最初のコメントを投稿しよう!

19人が本棚に入れています
本棚に追加