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「普通は『俺のせいじゃないのに。どうしてバックアップもないんだ。バックアップしてないあいつが悪いのに。俺には関係ないから帰りたい。あいつのせいで残業かよ。パソコン壊したあいつが悪いのに。あいつのせいで』と思う。ここまでは思わなくても、どこかで一回は相手を恨む」
「えー、でも仕事で割り振られたら仕方なくないですか? パソコンも物だし壊れるでしょうよ」
どんなに面倒でかったるくても仕事だからなあ、と思う。というか「面倒だ」とはけっこうな頻度で思っている。それでも仕事だからやっている。
「じゃあ逆にお前が壊した側ならどうだ? バックアップもなく全員に残業させて打ち直しになったら?」
「俺のせいですいません、ですかね」
「それが仕事なのに?」
「でも二度手間と迷惑かけるのは悪いんで。俺一人のやり直しならともかく」
「パソコンも物だしいつかは壊れるのに?」
「でも壊したの俺なんで……あ」
「とまあ、自分のミスは謝るのに、他人のミスは責めないわけだ。それどころかそれが仕事だと割り切っている。だからお前と働くと、どうにも残念なやつだなあとは思うが、嫌いにはならない。好印象を抱く人間のほうが多いんじゃないか? 口は悪いが、根は真面目だしな」
「まじっすか。俺そんなこと思われてたんですか」
大学の同期にしか「真面目」と言われたことはなかったのに、まさか鶴本にも思われていたとは。あと残念なやつだとも思われていたのか。そっちは知りたくなかった……いや知ってた。だって俺だし。かっこいい! イケメン! なんて印象には絶対ならない。北条じゃあるまいし。なんか悔しい。
それはともかくとして、鶴本の見解が正しいのか気になって見回してみた。みんな曖昧な笑みを浮かべているだけで、イエスともノーとも取れる。表情を読むのはやはり苦手だ。全員笑っていることだけはわかる。
「でも一緒に働いてないしな……」
「あくまでたとえ話だ。少なくともお前のどこかしらを気に入ったから付き合ってるんだろ」
「それがどこって話なんですけど」
「俺が知るか。それより話がある。ちょっと来い」
だから鶴本さん、見捨てるの早くないですか。すげえ親身になってくれてると思ったのに、手のひら返し早くないですか。そんな調子で生え際も見捨ててるからてっぺんも薄くなってきたんでしょうに。
「連れション誘われるのなんて何年ぶりですかね」
「そういう軽口をやめたいんじゃなかったのか」
押し黙る。たしかにそうだ。
この前は順調だと思ったのに、やはり悪癖はなかなか直ってくれないらしい。思わず顔をしかめると、めずらしく鶴本にも笑われた。
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