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「二週連続でわざわざ片道四時間かけて人生ゲーム……。あいつ暇なの? 人生棒に振りたいの? あ、新手のデート? あんたら目覚めた?」 「ごめんまじであいつとはやめて。そっちに腐んないで」  律哉が圧されている。ということはやはり親しいのだろう。律哉のガードは親しい人にほど緩くなるようだから。  ただそれを差し置いても、ずいと寄ってくる美人の迫力は相当なものだ。 「あー、あんたはこっちの美人に目覚めてるもんね、はいはい」  いきなり引き寄せられ、肩を抱かれてしまった。香水と化粧の匂いが近い。この帆乃香という女性、けっこうな長身だ。伊玖とほぼ変わらないのではないだろうか。 「ちょっ、帆乃香! 伊玖さんに絡むなって」  律哉が割って入って助けてくれた。律哉の胸に抱かれると安心する。いつもの匂いだ。おひさまに匂いがあるのなら、きっとこんな匂いがしそう。春の日なたの匂い。 「へえー。伊玖って名前なんだ? 名前もかわいい」 「あの、美人とかかわいいは嬉しくないです。男なので」  案の定午後追及しに来た女性たちにも言ったのに、今日だけで何度これを言えばいいのだろう。 「そうね、ごめんなさい。かっちゃんをからかいたいだけだったの。あなたは関係ないわね」  素直に謝られた。だが、かっちゃん……? やはり相当仲がいいようだ。大学の同期で名前やニックネームを付ける相手など、伊玖にはいない。友達がいないわけではなかったと思うのだが、皆名字で呼び合っていた。 「帆乃香も用事あんだろ。さっさと行けよ」 「あんたに言われなくても行くわよ。次はその伊玖さん紹介してね」 「お前には絶対しねえ」  仲がいいのか、悪いのか。口調だけは喧嘩腰ながらも、一応は手を振って帆乃香は駅へ入っていった。律哉の腕が離れる。そういえば外だった。でもやっぱり寂しい。 「ごめん伊玖さん。あいつほんとうざ絡みするよね。不愉快じゃなかった?」 「大丈夫です。ただ……」 「ただ?」  これは言っていいものか。律哉にぶつけていいものか。  いや、律哉も言っていたじゃないか。『言われないとわからないから言ってほしい』と。伊玖も約束した。では言うべきだ。勝手に一人で悩んでいたら、また律哉が誤解して、今度こそ離れていってしまうかもしれない。それは嫌だ。 「仲が良さそうだと思ったのと……羨ましかったです。あんな美人なら、律哉さんと並べるんですね」  元カノたちが言いたかったことが身にしみてわかった。律哉とお似合いの美人。誰もがカップルだと思うような。伊玖とは違う。伊玖はやはり、良くて友人だ。見せつけるために付き合っているわけではないのに、周りにも認めてほしくなった。初めて女性を羨ましく思った。「つり合う」の意味がわかった。  すると律哉ははあーっと盛大な溜め息をついて、伊玖の手首を掴んだ。 「俺は帆乃香じゃなくて伊玖さんが好きなんだけど」 「律哉さん……」  そこで周りの人がちらちらと振り返ってきて我に返ったのか、手首を放される。やっぱり寂しい。ずっと触れていたい。でも手を離す理由も、気持ちもわかる。だから外出デートが少ないのだろうともわかる。律哉も伊玖に触れていたいから、気兼ねなく触れられる室内を選ぶのだろうと。 「あんだけ言ってもまだってことは、俺相当信用ないんだろうね、ごめんね」  しまった、また律哉に謝らせてしまった。彼は悪くないのに。  さっさと歩き始めた律哉に続く。いつも待ち合わせに来るときの彼はとても早足なのに、今はゆっくりだ。早く会いたいと急いて、ゆっくり過ごしたいとペースダウンする律哉。彼の優しさは、気づこうと思えばいつでも気づけるところにある。今だって伊玖が追いつけるように気を遣ってくれている。優しいとこういうときに思う。 「律哉さ――」 「でも俺、指輪してるよ。今日めちゃくちゃ職場でツッコまれたけど、でも外さなかったよ。これじゃまだ足りない? 足りないよね。じゃあもう今日は、今日だけじゃないか。今日も寝かせないから。伊玖さんの好きなとこ延々言い続けるから。それなら足りる?」  肩を並べたところでひと息に言われた。 「それは、恥ずかしいです」 「でも『やめて』とは言わないんだ?」  顔が熱い。赤くなっているのが自分でもわかった。だって律哉から伊玖のどこが好きなのかをつらつらと聞きながら朝を迎えるのは、恥ずかしいけれど嫌いじゃないから。律哉の胸に抱かれているだけで安心するのに、抱きながら好きだと言ってもらえる。幸せを感じる。  そんな伊玖の内心は余程わかりやすいのか、律哉もさすがに答えは求めず、微笑むだけだった。
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