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「鶴本さん、俺のいいところってどこですかね。好きになるとしたら」 「彼女とそろいの指輪で浮かれるのはいいが、仕事はしろよ」 「あ、おそろいってわかるんですね。っていうか仕事はちゃんと、ほら、昼休みまで待ったじゃないですか」  本当は朝イチで尋ねたいのを昼まで我慢した。律哉とは休みのズレた鶴本がきちんと昼休みに入るまで待った。もちろん律哉自身も昼休み中だ。なのにそんなふうにあしらわれてしまった。それどころか周りに食いつかれた。 「え、その指輪ペアリングなんですか?」 「すごいシンプルですね。彼女さんのにはキラキラ付いてます?」 「なんで薬指じゃないんですか?」 「っていうか柳井さん、彼女いたんですか」  便乗するように、この春入ったばかりの濱内にまで言われてしまった。だから俺のイメージってどうなってんの。歓迎会を途中抜けしたの、根に持ちすぎだって。ごめんって。 「いいじゃん俺にも恋人いたって。神様も怒らないって、たぶん。え、だめ?」 「だめじゃないですけど、柳井さんってちょっと、残念な印象が……あ、ドジっ子って流行りらしいですね」 「え、俺ドジっ子ポジでウケてんの?」 「濱内さん、それはかわいいドジっ子に失礼ですよ」  昼食から戻ってきた小嶋ですらそんなことを言う。かわいいドジっ子って何? たしかに俺はかわいくないけどさ。え、小嶋さんそんなキャラだったっけ? っていうか俺イジられすぎてない? ドジっ子ってかイジられっ子ポジじゃない? 「彼女がお前のどこを好きかなんて、本人に聞けばいいだろう」  咳払いした鶴本が助けてくれた。ありがとう鶴本さん、俺めっちゃ迷走してた。本題から逸れまくってた。 「なんか優しいとこらしいんですけど、自分ではわかんなくて。俺が優しいとか、もしかして俺の知らない間に天地ひっくり返ってます?」  伊玖の言う『優しい』がわからない。伊玖は『そういうところ』だと言うが、だからどこだよという話だ。いつも平行線になる。だから第三者に聞いてみた。 「お前が優しいかは知らんが、お前が好かれる理由はなんとなくわかる」 「まじすか。え、なんでっすか」  思わず食い気味で尋ねてしまった。他の面々も楽しそうに続きを待っている。なんでそんな楽しそうなんだよ。あ、おもしろがってるのか。じゃあイジられっ子ポジじゃねえかよ。 「お前がすぐ謝るからだ。絶対、他人のせいにしない。他人を責めない。自分が悪いと謝る。だからだ」 「えー、俺そんな聖人君子ですかね」  というか謝るから好かれているのか。納得できない。そんなできた人間でもないし。自分のせいだと思うことは多いが、それは実際自分のせいだからだ。  そう思っていると、鶴本はコーヒーを片手に例題を出してくれた。 「たとえば、誰かのパソコンが壊れた。バックアップもない。打ち込んだデータが全部飛んで、全員で残業してやり直すことになった。どう思う?」 「えー。めんどくせえなって思います」 「それから?」 「うーん。バックアップがあればなあって」 「それから?」 「えー……。壊れるならもうちょいマシなタイミングがよかったなあって」 「それから?」 「あー、うーん。どうですかね。さっさと終わらせて帰ろ、ですかね?」 「それだ」  だから何が「それ」なんだ。伊玖と同じ言い方をされても。それとかあれとか言われたってこっちはこれ? どれ? となるだけだ。もしや伊玖や鶴本まで怪しいキノコを食べたのか。
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