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「最後にわたしをぎゅっと抱きしめてほしいの」
「待てよ。麻子、人妻なんだろう」
「そんなの、関係ないよ。十数年前は互いに愛し合ってたんだから。それに、わたしはまこちゃんのおかげで、ここまで、やって来れた」
麻子は更にきつく抱きしめてきた。
僕は麻子を抱きしめた。この血で汚れた手で抱きしめることに罪悪感を覚えた。だから、僕は正気に戻って、彼女から身体を離した。
「さようなら。会えてよかった。幸せにな」
僕は走り出した。背後から彼女の呼び止める声がしたが、僕は振り返らず、走り続けた。
足元に男性の死体が転がっていた。
彼は五十代のサラリーマンだった。妻に暴力をふるい、後から事の重大さに気づいて、やりきれない気持ちになっていた。
わたしたちのもとに、彼は救いを求めてきた。
「わたしは、妻に手をあげる自分が憎い。なんとかしてほしい」
僕は一通り、男の話を聞いた。
男は出されたコーヒーを飲みながら、訥々と語りだす。もう、そろそろ薬が効いてくる頃だ。
男はやがて、呂律が回らなくなり、椅子から崩れ落ちた。
さあ、やるか。
<了>
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