第2話・説明チック其の二(やる気あります、大丈夫!)

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第2話・説明チック其の二(やる気あります、大丈夫!)

 運ばれてきたスープに取り掛かったシドを見つめ、ハイファもスプーンを取った。 「だってイヴェントストライカなのは本当じゃない。この平和なテラ本星セントラルエリアでだよ、組むバディがことごとく凶弾に斃れていったのは」 「見てきたようなことを言うんじゃねぇよ。それにみんな病院で再生して完全復帰したぜ?」 「だからってそれを見て、貴方のバディになろうっていう命まで張る博打好きも、気合いの入ったマゾもいなかったんでしょ?」 「そのマゾの位置にテメェ自身がいるのを忘れるなよ」  言いつつシドはバスケットからパンを取り、腹立ち紛れに噛みつく。ハイファもパンをひとつ手にしてゆっくりとちぎり始めた。 「マゾ云々はともかく、毎日がクリティカルなのは事実だよね。今日だって街金と宝飾店強盗の二本立て、このディナーにだって間に合わないかと思ったもん」  二人の所属している機動捜査課は殺しや強盗(タタキ)といった凶悪犯罪の初動捜査を専門とするセクションだ。同報という事件の知らせが入れば機捜課員は飛び出して行く。  だがテラ本星セントラルエリアが平和というのは嘘ではない。義務と権利のバランスが取れたこの地では、皆が醒めている。躰を張って犯罪に走ろうという人種はレッドリスト入りさせてもいいほどの稀少種となっていた。  お蔭で機捜課に同報など殆ど入らない。だからといって血税でタダ飯を食らってもいられないので普段は刑事(デカ)部屋に僅かな在署番を残し、あとの課員は他課の張り込みや聞き込みにガサ要員といった下請け仕事に出掛けているという状態なのである。  それなのに今日シドとハイファは、街金に宝飾店を襲ったタタキ二組合計四名と銃撃戦をしてきたのだ。それもタタキ四名の銃を腕ごと撃ち落としての狙撃逮捕である。一報を聞いてヴィンティス課長は血圧が下がり胃を痛めてデスクに沈没していた。  その他にも痴漢だのひったくりだのといった『ツアー客』を引き連れて、シドとハイファは外回りからデカ部屋に戻ってきたのである。皆の応援を得てギリギリ十七時半の定時に取り調べを終わらせ、そのあとは報告書類との格闘だった。 「大体、機捜課に外回りなんて仕事はないのに、貴方は勝手に『信念の足での捜査』に出掛けて、管内を練り歩いては事件(イヴェント)遭遇(ストライク)してるんだもん」 「課長みたいなこと言うんじゃねぇって。じゃあお前はデカ部屋でTV視て噂話して鼻毛を抜いて長さを比べて、深夜番を賭けたカードゲームに熱中していたいのか?」 「そうは言ってないよ、貴方と歩くのは嫌いじゃないし」  外回りと称してシドが歩き回っているのは、ヴィンティス課長への嫌がらせではない。歩いていなければ見えてこない犯罪から人々を護ろうと、少しでも『間に合おう』という思いで歩いているのだ。  それを充分理解しているからこそ、ハイファも日々付き合ってシドと一緒に足を棒にしているのである。  そこでサーヴィスされた魚料理にハイファはナイフを入れた。その所作は周囲の誰よりも優雅である。刑事であり軍人でもある上にハイファはテラ連邦内でも有数のエネルギー関連会社ファサルートコーポレーション、通称FC会長の御曹司でもあるのだ。  一歩間違えれば現社長に就いていてもおかしくない身、事実として過去には社長に祭り上げられたこともあるのだ。だが何とか重責は逃れ、しかし血族の結束も固い社に於いて、今でも名ばかりながら代表取締役専務という肩書きを背負わされている。  そんなハイファの生母は惜しいことに、ハイファが四歳のときに愛人という立場のまま夭折してしまったが、元はレアメタルの産地として有名なセフェロ星系の王族だった。つまり母の代で相続放棄したとはいえ、まかり間違えば何れはセフェロ王という立場でもあったのだ。  そんな生い立ちのせいか未来の社長として叩き込まれた帝王学の賜か、相棒の醸す空気だけがまるで貴族の館での晩餐のようにも見え、シドは暫しそれを眺めたのち、自分もヒラメのナントカにありつく。  そうしながら何となく周囲に目を振り向けた。  TVで視たことのある女優だかタレントだかが黒服の男とワイングラスを傾けている。これも見覚えのある企業の会長が夫人と共に音楽とディナーを愉しんでいる。  他にも政界・財界の有名人たちがぞろぞろといて、シドはこのメンバーを一堂に拉致すれば身代金がいったい幾ら取れるのかなどと馬鹿なことを考えながらシルバーを置いた。  次に運ばれてきたのはメインディッシュの肉料理、天然牛ヒレ肉のステーキ・ブラックペッパー&オランジュソース添えにシドの興味はあっさりと移る。 「ここの料理は美味しいでしょ?」 「ん、あ、まあな」 「機嫌は直った?」 「ふん。たまにはいい目も見させて貰わねぇと、心が貧しくなるからな」  と、シドは左手首に嵌ったマルチコミュニケータのリモータを振った。これは高度文明圏に暮らす者なら必要不可欠な機器で、これがなければ自宅にも入れず飲料一本買えないという事態に陥るのだ。上流階級者は護身用の麻痺(スタン)レーザーを搭載していたりする。  ガンメタリックのシドのリモータは惑星警察の官品に限りなく似せてはあるが、それより大型の別モノだ。ハイファのシャンパンゴールドと色違いお揃いの惑星警察と別室とをデュアルシステムにした別室カスタムメイドリモータだった。  別室からの強制プレゼントであるこいつはハイファと現在のような仲になって間もないある日の深夜に、ゲリラ的に宅配されてきたのだ。それを寝惚け頭で惑星警察のヴァージョン更新と勘違いし嵌めてしまったのが運の尽きだった。  こんなモノはシドには無用の長物、だが別室リモータは一度装着者が生体IDを読み込ませてしまうと、自分で外すか他人に外されるかに関わらず『別室員一名失探(ロスト)』と判定した別室戦術コンがビィビィ鳴り出すようになっているという話で、迂闊に外すこともできなくなってしまったのである。まさにハメられたという訳だ。  その代わりにあらゆる機能が搭載され、例えば軍隊用語でMIA――ミッシング・イン・アクション――と呼ばれる任務中行方不明に陥った場合にも、部品ひとつひとつにまで埋め込まれたナノチップが信号を発するので、テラ系有人惑星の上空には必ず上がっている軍事通信衛星MCSが感知し、捜して貰いやすいなどという利点もあった。  更には様々なデータベースとしても使え、手軽なハッキングツールとしても利用できるという、まさにスパイ用便利アイテムなのである。  だが何故シドがこんなモノを嵌めているのか。 「くそう、別室長ユアン=ガードナーの妖怪野郎……」  そう、別室はハイファを刑事に仕立てておいて放っておくようなスイートな組織ではなかったのだ。未だに任務を振ってくる。勿論『タラす』任務ではないが、代わりにイヴェントストライカという『何にでもぶち当たる奇跡のチカラ』に目を付けて、シドと共に挑む任務を降らせてくるようになったのである。  しかしそんな特別任務をシドが歓迎する訳がない。  何故なら完全無給の強制ボランティアなのだ。  低く唸ったバディの切れ長の目をハイファは見上げる。 「でも貴方はそれを外さないでいてくれるんだよね?」 「それは……誓ったからな」 「一生、どんなものでも一緒に見ていく。そうだよね?」  無言で頷いたシドにハイファは花が咲いたような笑みを零した。  この笑顔を護るためにシドはどんなに過酷な別室任務でもハイファとともに往くのだ。シド自身は別室にも別室長にも何の借りも義理もない。別室任務も蹴飛ばして忘れてしまえばそこまで、こんなリモータなど捨ててしまっても構わないのである。    だが惚れた弱みで危険な任務にハイファ独りを送り出すことができなくなってしまったのだ。 「まあ、アレだ。毎日外回りばっかりしてる俺に、お前もついてきてくれるしさ」 「お互い、生涯背を護り合うバディなんだからね」 「ああ、分かってる」 「じゃあ、女の人の胸とか脚とかガン見するのをやめてくれる?」  話題が急にイヤな方向に転んだのを察知して、シドは強引に話を戻した。 「あー、けどな、ユアン=ガードナーの妖怪テレパス野郎とヴィンティス課長の野郎が、夜な夜な居酒屋『穂足(ホタル)』で俺たちを地獄に蹴り落とす相談してやがるのは許せねぇからな」 「あの二人が飲み仲間っていうのが、そもそも間違いだよね」 「毎度毎度、タダで使い倒しやがって。俺はそこまでお安くねぇっての!」 「分かってるよ、貴方が誰よりも誇り高い男だっていうのは」 「何だよ、褒めても何も出ねぇぞ」 「本当に何も?」 「じゃあ……今晩、な?」
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