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第4話・「結構なお点前」って……AD世紀から三千年なんだが
窓外から直接狙えない安全圏に転がり込み、シドはテーブルに着いたまま固まっている男女の客にも構わずに、そっとテーブルから銃口を出して外を飛び交うBEL群を再び窺う。敵を視認さえできればレールガン・マックスパワーなら反撃できると思ったのだ。
しかしスナイパーの本当の怖さを知っているハイファは、そんなシドを引き倒すようにしてテーブルの陰に再び伏せさせる。
「何を……ハイファ、まだ今なら――」
「だめ、だめだよシド。それより貴方の手!」
泣きそうな顔をしてハイファは自分の締めていたタイを解こうとした。それを押し留めてシドは自分のベルトに着けていたリングから捕縛用の樹脂製結束バンドを引き抜きハイファに渡す。ハイファはそれでシドの左手首を締め上げ止血処置をした。上からハンカチを巻きつける。
「救急、遅いよ」
「泣くなよ、ハイファ。それよりこっちだ」
痛みを感じさせない軽快な動きでシドは立つとレールガンをヒップホルスタに仕舞ったのち、撃たれた老年男の許に歩み寄った。武器さえ持っていなければ狙われないというのも甘いかも知れないが、刑事としてこの状況を放置してもいられない。
まずは窓外の夜を再び見つめる。この本星セントラルエリアでは光害で星など見えないが、そうでなくとも今夜は分厚く曇って月すらない。やがてシドは緊張を解いて首を振った。隣に立ったハイファも溜息をつく。
「俺の手といい、かなりの小口径弾みてぇだな」
「強化樹脂とはいえ窓も吹き飛ばなかったし、貴方が最初はレストラン内の銃撃だって思ったくらいだもんね。それに二人目のマル害は当たったけど貫通してないよ」
「銃撃は揺れるBELからか。そいつは結構なお点前ってところだな」
「確かにね。ピンポイントでシドまで……やってくれたよ」
マル害、被害者である老夫婦の傍に二人揃って片膝を付き検分した。
「パウダーカートリッジ式のライフル、それも一発でキメてくれやがったぜ」
「二発でしょ。貴方痛くないの?」
痛くないことを示すために、シドは左手を振って見せる。腹が立っているからか、小口径弾だったからか、痺れているだけで本当に痛みは未だ感じていなかった。
愛し人の様子にまた溜息をついてハイファはマル害の撃たれた跡を眺める。
「338ラプアマグナムかと思ったけど、それ以下……7.62ミリですらない。二十二口径前後だね。5.56ミリのライフル弾でこれ、可能なのかな?」
「お前がそう言うくらいだ、マジでマル被は大した腕前らしいな」
普通、銃弾の口径はコンマ以下のインチ数で表される。例えば拳銃弾の四十五口径ACP弾ならばゼロコンマ以下四五インチで約十一.五ミリ直径、狙撃に使用するライフル弾の一種である四〇八チェイタックなら約一センチ直径という具合だ。
だが大きければどんなものでも狙えるかと云えばそうでもなく、あまり大きいと空気抵抗で却って距離が伸びなかったりする。けれど小さければ風に流され、窓などの障害物で弾道が大きく狂うのは当然だ。スナイプは条件によって銃を替え、その銃に適合する銃弾を使用せねばならないのである。
しかしこのシチュエーションで二十二口径程度の弾薬を使用し狙撃を成功させるなど、殆ど不可能といっても過言ではない。それを誰よりも知るハイファは戦慄に思わず身を震わせた。自分にもこの条件下でこの狙撃を成功させる自信はない……。
「いったいマル被は何者なんだ、予想もつかねぇのか?」
おそらく被疑者はテラ連邦軍関係者だと踏んでシドは訊いたのだろうが、ハイファは答えを持たなかった。過信していた訳ではないが、ハイファにも今このテラ本星上で自分以上のスナイパーなど存在しないと思っていたのである。
斃れた老夫妻の身許は勿論、何故こんな所に手投げ弾など持ち込んだのか知りたかったが、死体のリモータを勝手に操作する訳にもいかない。
仕方なくシドとハイファがマル害を見下ろしていると、いつしか背後には静けさが漂っていた。それを打ち破って五分署の同輩たちがなだれ込んでくる。当然ながら横の繋がりで知り合いも多く、二人を見て五分署の面々はうんざり顔を隠さなかった。
何せ大晦日の夜中という時間帯に殺しの同報である。
「何よ、またイヴェントストライカなの!」
「俺がやった訳じゃありませんよ、コーツ警部」
五分署機捜課の女主任であるコーツ警部は綺麗に化粧した顔でシドを睨んだのち、その怪我に気付いて柳眉をひそめた。
「まさかハイファスと撃ち合って、流れ弾で……」
「違います!」
叫んだ直後、自走ストレッチャを伴った救急隊員らも現着し、一気に事件現場という雰囲気が盛り上がった。更に手投げ弾の情報で招集された五分署爆発物処理班や、それがテラ連邦軍の規格モノだと知れてセントラル基地の兵士までもが現れ、大したお祭り騒ぎと化す。
結局、屋上に駐機された救急BELの移動式再生槽に投げ込まれ病院に運ばれたのは、老婦人の方だけだった。完全な死体は救急機に載せない。
「脳にメカを入れて再生可能かも知れないけれど、あれじゃあ見込み薄だわね」
「確かにな。んで、コーツ警部。マル害の身許は?」
「シド、貴方もマル害でしょう。さっさと病院へ行って診断書と被害状況報告書を出して頂戴」
「ンなケチなこと言わなくてもいいだろ、スージー」
戦法を変えた男にも怯まず、女刑事は伸ばされた右手をサッと躱した。
「ここではコーツ警部よ、忘れないで。それより貴方の奥様と私の部下が待ってるわよ。行って」
ふいの『奥様』口撃にシドの方は簡単に怯み、敢えなくハイファと五分署機捜及び捜査一課の人員らに囲まれて退場となる。だが店を出掛かったときだった。
突然にしてその場の皆のリモータが震える。何事かと思った直後、破裂音がして警察及び軍関係者の全員が身構えた。シドとハイファは思わず手を銃にやる。
けれどそれはオジアーナ側がレストラン内に仕掛けていたクラッカーの音だった。
全員が金ピカの紙吹雪を頭から浴びて嘆息する。年が明けたのだ。
「あーあ、酷いニューイヤーだよなあ」
五分署機捜の巡査が呟いて、シドは強く喫煙欲求を感じた。
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