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第48話・ifがない以上、貴方のせいじゃなく巡り合わせ
仕方なく従ったのちハイファがオートパイロットの設定を変え、政府管掌ビル群から機を僅かに遠ざける。周辺をゆっくり旋回させた。
議会ビルから一キロほどの地点にあるベジャールホテルも眺める。茶色い外観をしたホテル屋上にはちゃんとBEL駐機場もあったが、立地からいっても高級そうな施設に足を踏み入れるのはやめた。
そうしてゆるゆると一時間も旋回していると、だんだんシドは眠くなってくる。
「ふあーあ。何しにきたのか分かんねぇな」
じっと前方に目を向けるハイファの横顔を見て続けた。
「敵の有効射程は約八百。おまけに窓をぶち破るならこんな遠くから狙えねぇだろ」
「それはそうだよね。でも僕らからは狙えるよ」
「お前が議会ビルを狙ってどうすんだよ?」
頭を振ってハイファは機を手動操縦に切り替えターンさせる。コンソールの計器と前方を見比べながら高度を下げた。この辺りのビルは政府管掌ビル群より少しだけ背が低い。
航空交通局から警告を食らうギリギリの地点まで降下する。その場に滞空させるとハイファは振り向き、黙ったままシドが首から提げた高性能レーザースコープを指差した。
意図を理解したシドはレーザースコープを手にしてアイピースに目を当てる。議会ビル方向を眺めるとオートでフォーカスが合った。周辺ビルも生えるのを遠慮した隙間から議会ビルの横腹が斜めに見える。
そこでハイファの声が聞こえた。
「展望台を除けば七十五階建て、四十階のBEL駐機場より少し上を見て」
ビル中腹の駐機場は天井が高く素通しですぐに判別がつく。更にフォーカスを絞って上階を舐めるように見つめた。窓は低反射仕様で内側の様子もよく分かる。ひとつひとつの部屋はさほど広くない。デスクが並び豆粒ほどの人が動いている。
「議会って割にはオフィスみたいだな」
「議会ビルには議員の公的事務所もあって、貴方の見てるのがそれ。四十五階から六十階まで、こちら側の面を全て議員事務所が占めてる。じゃあまた移動するよ」
ターンしつつ緩やかに上昇、再び滞空した。言われずともシドは議会ビルの方をレーザースコープで眺める。だが今度は周辺ビルの陰に隠れ、議会ビルは殆ど見えなかった。僅かに尖塔と突き刺さった展望台の円盤が右下方に拝めるのみである。
「ガッカリしないで、下を見て」
「見てるさ。ガキが集団で手ぇ振ってやがる」
「そこは右で下すぎ。真っ直ぐ前方もう少し上、約三十度下だよ。距離はそのまま」
視線を向けたが、そこはもっと何もなかった。政府管掌ビル群を跨いで他のビルが見えないこともなかったが距離はそのままという指示に従って眺めるそれらはフォーカスが合わずにボンヤリとしている。視界を大型定期BELが横切った。
「ここがどうかしたのか?」
先程よりガッカリしてアイピースから目を外す。そんなシドをハイファが笑った。
「さっき見た議員事務所を狙うのならね、どう考えても、そこしか狙撃ポイントはないんだよ」
狙撃ポイントに対して自機を横に向けたハイファは、滞空させたままオートパイロットに切り替えた。両手が空くとリモータ音声発信し、マクナレン一佐にこの機のシリアルナンバと作戦行動に入ることを告げる。MPを通して航空交通局及び惑星警察に根回しが済んだのを確認し、通信をアウトしてパイロット席を立った。
その間シドも遊んではいない。後部にふたつ並んだシートをスライドさせて取り外し、重ねてなるべく隅に片付けると、狭いが男二人が寝られるくらいのスペースをこさえている。
ソフトケースからハイファがアマリエットを出すのを待ち、議会ビル側のスライドドアを開け放った。思っていたほど風は強くない。追い風のようでラッキィである。早速シドは腹這いになりレーザースコープを覗き込んだ。そこで気付く。
「あー、焦点合わせる対象物がねぇな」
モノにレーザーを当て、反射で精確な距離を割り出すスコープだ。何もなくては測れない。
「大丈夫だから待って。丁度グリーンの小型BELが通る……三、二、一、今だよ」
視界を通過した小型機にオートでフォーカスが合う。ずれる前に素早く固定した。
「距離、千百二十七メートル。もっと近づけねぇのか、これ」
「千百二十七メートル、コピー。あーたが自分で狙いたいのは分かるけどね、ドア開けたBELが近くの空にぶらさがってたら、どんな間抜けなスナイパーだって逃げると思う」
「へいへい。まあ、お前の腕でその銃、この距離なら楽勝だよな」
「僕のことも信用してくれてるみたいで助かるよ」
「信頼してるって。じゃあいくぞ」
半ばレーザースコープを機外へ突き出し付属機器に表示された緯度・経度・高度・風向・風速・気圧・気温・湿度などの数値を読み上げ始める。殆どはBELのコンソールにも表示されており、ハイファも承知していると分かっていたが律儀に全てを声に出した。
それらの数値をハイファはリモータに入れてある弾道計算アプリに打ち込む。計算結果と自分の勘が合致して満足すると、アマリエットに付属のスコープを調整した。
銃を抱いてシドの右横に腹這いになり伏射姿勢を取る。
真っ直ぐにした軸足は銃身の延長上より僅か左、左足はそこから更に斜めに角度を取って開き両脚とも力を抜いた。両肘をついて上体を起こし両手で銃を保持する。右手は台尻のくびれた部分を掴んで人差し指をトリガに掛け、伸ばした左手はバレルカヴァーの真ん中辺りを下から巻き込むように握った。強く銃を右肩に押し付ける。
銃付属のスコープのアイピースを覗き、狙撃ポイントの空間に目を据え宣言した。
「現在時、十四時二十分。作戦行動を開始する」
「アイ・サー」
「今更だと思うけど、真っ昼間で惑星警察も張ってる以上、狙ってくる可能性は低いんだからね」
「へいへい、あとで文句は言わねぇから心配するな。んで、敵はどれくらいだ?」
「せいぜい四百メートルオーダーで議員事務所は狙えるよ」
「そいつは近いな、おまけに状況的に一撃離脱だろうしな」
「もっとおまけを言えば、近さ故にスポッタが操縦しながら観測しても、誤差は少ないよ」
「なるほどな」
だが幾ら敵がターゲットの位置を調べ上げていたとしても、スナイプする際には必ず滞空する筈である。そのチャンスを逃してはならない。シドは心して索敵に努める。
「でもさ、それならお前はどっちを狙うんだ?」
「トムスキーを殺りたいところだけど、撃墜する訳にもいかないしね」
第一基地で読んだシュミット一尉の履歴簿にウィングマークの記載はなかった。確かにパイロットは殺れない。この大都市にBELなど墜ちたら大惨事である。
しかしシドは本星でリーコック邸を張り込んだ夜のことを思い出していた。あのときスナイパーを殺った自分の判断を間違いだったとは思わない。
けれど、もしスポッタを殺っていたなら現在の局面は迎えなかった筈である。ここでまたスナイパーのみを殺ってスポッタを取り逃がしては、同じことが繰り返されるのではないだろうか……。
考え込んだ気配を察知したのだろう、ハイファが笑いを含んだ声を出す。
「シド。本当に貴方は同輩を信用しない人ですね」
「あー、あのときと違って空にも地べたにも、山ほど張ってるんだっけな」
「そうだよ。それに何度も言うけど狙ってくる可能性は低いんだし」
「狙ってくるまで張り込むんじゃねぇのかよ?」
「誰がそんなことするのサ。こんなよその星の議員が何人撃たれようが僕のせいじゃないんだし、お腹が空いたら撤収するよ」
思わずシドはアイピースから目を離してハイファの横顔を見た。どうやら本気らしい。尤も張り込みに慣れているとはいえ無限に粘れる訳でもない。BELは半永久バッテリでいつまでだって飛べるが人間には燃料が必要だ。
それに夜まで事務所で仕事にいそしむ議員も少ないだろう。危険を冒してランダムなターゲットを敵が狙うとは思えなかった。
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