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第49話・過去も未来も人は自然のなりゆきか人が殺すのだ
スナイパーの脱力具合にスポッタも肩の力を抜いて、再びレーザースコープに目をくっつける。監視を続けながら口の減らない二人は会話も続けた。時間も限られていないのである。ずっと緊張していては身が保たない。必要なときに気を引き締めればいいだけだ。
それでもシドが身動きするのは気象条件などの変化を確かめるときだけ、ハイファが身動きするのはシドの報告を受けて、クリックなる銃の照準器や付属のスコープダイアルを調整するときだけである。驚異的な集中力で二人は監視を続けていた。
非常に原始的な手段のようだが仕方がない。銃や兵器はラストAD世紀のW・W・Ⅶより手前辺りで進化が止められている。異種人類が集う最高立法機関の汎銀河条約機構の交戦規定、ルール・オブ・エンゲージメントで厳しく規制されているからだ。故にドローンでのオート照準も敵と思しきBELに電子的攻撃もできない。
さすがに三時間近くが経過するとシドはハイファが心配になってくる。何せ七キロ超のライフルを保持し続けているのだ。だがそこに文句をつけても仕方がない。銃が重いのには理由がある。軽いと撃発時の衝撃で射手が後方に吹っ飛ばされてしまうのだ。
限度はあるが狙撃銃は重ければ重いほど安定し当たりやすくなる。
「そろそろ交代するか?」
「まだ心配しなくてもいいよ。スナイパー専業時代にはもっと重いアンチ・マテリアル・ライフル構えて、ジャングルの中で三日張り込んだことだってあるんだから」
「ほんっとにお前はタフだよな」
「ふふん、ミテクレほどヤワじゃないの。それより貴方こそ脳ミソが煙切れでしょ」
「あああ、そいつを思い出させやがったな! この鬼畜、外道、別室員!」
リラックスした会話を交わしながら更に時間が経つ。シドがチラリとリモータで確認すると十八時五十分だった。張り込みを開始してから四時間半である。
「おい、ここの今の日暮れは何時頃だ?」
「ええと、確か十九時半頃じゃなかったかな」
あと四十分粘れると思ったシドは甘かった。恒星ランシーナが傾いた方角は政府管掌ビル群側だったのだ。十五分もしないうちに逆光が二人の目を灼き始める。
「くそう、これじゃ何も見えねぇぞ。どうせなら早く沈めっての!」
恒星相手にシドは毒づいた。一方プロはこの事態を予測済みだったようである。
「貴方は左上、そうだね、十一時方向二十度上方まで視線をずらしていいよ。もし真っ直ぐ敵が進入してくるとすれば、その方向だと思うから」
冷静なアドヴァイスに従うと、ようやく目を開けていられるようになった。
「けどハイファ、お前は見えてるのかよ?」
「ハッキリ言って殆ど見えてない。だから動かせない。スポッタの指示だけが頼り」
硬い声にスナイパーの緊張を悟りシドも気を引き締める。こちらからは逆光だが、敵にとっては絶好のチャンスだ。上空で張り込む惑星警察の何割かはシドたちと同じく眩しい思いをしているだろう。その隙を突いて狙撃ポイントに数秒滞空するのは簡単だと思われた。
そしてそれは僅か二分後に現実となる。
左斜め上から小型機がシドの視界に侵入した。光に輪郭を融かしてより小さく、色も判別できない機を目で追う。それは暢気とも取れるほど緩やかに降下。敵ではない可能性もあった。ハイファに誤射させる訳にはいかない。目を凝らす。スライドドアの開放を視認。
「敵機発見。ポイントまで五秒」
低く告げたがハイファは動かない。殆ど見えていない以上、狙撃ポイントに据えた銃口を動かせないのだ。それでも目を瞑っては撃てない、若草色の瞳をこじ開けている筈。
「三、二、一、滞空。距離修正、千百四十」
シドが言い終えると同時にスコープ調整することもなくハイファはトリガを引いている。サウンドサプレッサーを標準装備したアマリエットM920の撃発音はさほど響かない。
これも標準装備のフラッシュハイダーによってマズルフラッシュ、銃口から吐いた燃焼炎も大人しかった。こちらに側面を向け黒く口を開けた敵機内に連続して二射を撃ち込む。
「二射、ミス。下方に三十センチ修正」
落ち着いた声でシドは指示を出した。ずっと目で追った敵機は何とか視認し続けている。銃付属のスコープよりシドのレーザースコープの方がレンズ口径も倍率も大きく性能がいい。
だが指示を出しつつ、スナイパーを殺るのが困難なのは見取っていた。ハイファが三十センチも外したということは本気でターゲットが見えていない証左だからだ。不可視狙撃などむちゃもいいところ……だが、そうか?
「ハイファ、無理はするな……いや、いいから撃て!」
ふいにスポッタが変えた指示にハイファは従う。連射で338ラプアマグナム弾を放った。精密射撃はとっくに諦めている。ただ黒い穴に向かって五射を叩き込んだ。
「撃ち方やめ、敵機離脱――」
狙撃ポイントから敵機が上昇する。二人はスコープ越しに目で追った。すぐにそれは恒星ランシーナに融けて見えなくなる。今更追いつけないのは分かっていた。慌ててリモータ発振し惑星警察に追わせたりもしない。告げるべき敵機の特徴も掴めず、敵の顔も見えなかったのである。
全ては十秒ほどの出来事、張っている惑星警察が気付いたかどうかも怪しかった。
長い溜息を同時に洩らす。そうしてやっとアイピースから目を離した。
「ごめんね、シド」
「どうして謝るんだよ、お前の読みは見事に的中したんだぞ」
「でも作戦失敗したんだよ。こんなに長く張り込んで、結局疲れただけじゃない」
「いや、作戦の五割方は成功だぜ」
力強く言い切ったシドは身を起こしてあぐらをかく。ハイファは首を傾げた。
「五割成功って、どういうことなのかな?」
切れ長の目を煌めかせてシドは答える。
「所詮は競技大会っつーある種のお遊び専門、実戦経験のねぇエーベル=シュミットはお前に弾丸をぶち込まれて動揺したんだ。ジンラットのフルロード五発を撃ち尽くしやがった」
それはトムスキーがマフィア・ベレッタファミリーから手に入れた銃弾が全て尽きたということでもあった。
◇◇◇◇
レンタルしたBELを返却し二人が向かったのは第一基地だった。カネを出さずにBELを借りようと思ったのである。民間機で行動し惑星警察に見咎められるのも面倒だ。
タクシーで第一基地に着くなり本部庁舎近くの食堂でタダ飯にありつき、基地司令室に赴いてマクナレン一佐からコーヒーを振る舞われる。小型偵察機を借りる約束も取り付けた。ハイファの要望で武器庫にも遠征しアマリエットの整備も終えた。すると唐突にヒマになる。
「弾薬がねぇんだ、敵も狙撃しようがねぇしな」
「ベレッタはともかく、他のファミリーから弾薬を買う可能性はないのかな?」
「ゼロじゃねぇが弱小ファミリーが今、奴らに僅かな弾薬を売ってもメリットがねぇよ。惑星警察に挙げられるのもベレッタに目を付けられるのも得策じゃねぇからな」
それでもアマリエットを返却せずBELを借りたのは、やはり可能性がゼロではないからだった。ことが起これば真っ先に駆け付ける構えである。
まだ惑星警察はトムスキーとシュミットの潜伏先を掴めずにいた。ベジャールホテルを中心に近辺を重点的に捜索しているが彼らが整形したと思われる以上は望み薄、既に包囲を抜けて今頃はニードから逃走していることも考えられた。
ただ誰を狙ったか不明だが議員事務所への銃撃は防ぐことができた。被害は議会ビル内の倉庫の窓に空いたふたつの穴だけだったという。
それらMPからの報告をマクナレン一佐から二人は聞いていた。
「んで、これから俺たちはどうするって?」
「偵察機も借りちゃったしねえ。貴方がよければ今日はもうここに泊まらない?」
別にホテルの屋上に軍用機を駐めても問題はないが異存もないのでシドは頷く。ハイファがその旨を発振すると、マクナレン一佐は外来者用宿舎の部屋を手配してくれた。荷物を担いで武器庫を出ると軍用コイルとドライバーが待ち構えている。
司令直々の命令を受けたドライバーは二人に対し、ガチガチに硬い敬礼をした。答礼をして開けられたドアから後部座席に乗り込む。生暖かい夜気の中、すぐにコイルは発進した。
「外来者用宿舎までは約三分の予定であります!」
「そう。課業時間外にごめんね」
「いいえ、滅相もありません! 光栄であります!」
話を弾ませるのはとても無理なようだが、そんな必要もない。黙って二人は三分間を過ごす。コイルが停止し接地してドアを開けられ、降りて見上げた宿舎はテラ連邦規格のユニット建築を三階まで積み上げた、カネの掛からないシロモノだった。特に文句はない。
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