第50話・何事も普通なのに税金泥棒を自認する公務員は哀しい

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第50話・何事も普通なのに税金泥棒を自認する公務員は哀しい

「こちらであります!」  固辞する二人から荷物の全てを奪い取り、ドライバーは一心不乱に歩いてゆく。宿舎に入りエレベーターに乗って廊下を歩き、四階の角部屋までくると再び挙手敬礼だ。 「こちらになります! 朝食は一階の食堂で七時から八時までであります!」 「ありがとう」  荷物を受け取りながらハイファが微笑む。それをまともに目にしたドライバーは、みるみる顔を赤くした。赤面したまま力んで喋り出す。 「お言葉ありがとうございます! じつは不肖ながらこの自分、明日の第一王子夫妻の警護隊としても司令に選抜されております! 度重なる光栄に浴し、誠に幸せ者であります!」 「へえ、明日第一王子夫妻がこの第四惑星アーデンに来るの?」 「ウィンザーホテルで開催される叙勲パーティーに出席されるご予定であります!」 「ふうん。じゃあ警護頑張ってね」 「はい! 誠心誠意勤め上げる所存であります!」  真っ赤な顔で鼻息も荒くドライバーは言うと、二人のリモータに部屋のキィロックコードを流し、またガチガチの敬礼をして去った。それを見送ったのち何となくシドとハイファは顔を見合わせる。  嫌な予感が湧いたのを互いの目に読み取っていた。 「叙勲パーティーか。政府のお偉いさんも集まるんだろうな」 「たぶんね。敵の弾が尽きたのはラッキィかも」 「ガチガチの警護で固めるだろうしな」  頷き合ったが予感を振り払えないまま取り敢えず部屋に入る。上級士官用らしい二人部屋はベッドが二段ではなく左右に分かれていた。だが所詮は軍の宿舎である。  飾り気のひとつもなく、スチルロッカーとキャビネットに端末付きデスクにチェアがふたつずつ、ベッド二台でフリースペースも殆どない。  あとは洗面所とトイレにリフレッシャブースのドアがあるきりだ。 「さてと。硝煙とオイル臭いから、先にリフレッシャいいかな?」 「ああ、ゆっくりしてこい」  荷物を置いて執銃を解くとハイファの背後に回って銀の髪留めを外してやる。ソフトキスを交わし着替えを手にしたハイファが消えるのを待って、シドは廊下に出ると一旦ロックを掛けた。目的は廊下の途中に重ねてあった軽金属の灰皿である。傍の有料オートドリンカでアイスコーヒーとアイスティーも一本ずつ手に入れて戻った。  やることもないので備え付けのホロTVを点け、地元局のニュースを聞きながらデスク端末を起動する。  チェアに腰掛け、咥え煙草で叙勲パーティーについて調べようとすると、丁度ニュースで報道し始めた。中空に浮かばせた画面を注視する。  それによると第二惑星ゴーニュから明日来星する第一王子夫妻は、議会ビルで十八時半から行われる叙勲式に王の名代として臨席・文化功労者に叙勲したのち、政府首脳陣とウィンザーホテルにBELで移動するらしい。パーティーは大広間で二十時から二十三時までの予定だ。  ウィンザーは本星七分署管内にもあるホテルチェーンで格は最上級である。警備システムも万全の上に惑星警察と軍がガチガチに警備する筈、集まった政府首脳陣を狙うことは殆ど不可能に違いない……。 「シド、お先」  振り向くとドレスシャツに下着だけ身に着けたハイファがリモータを振っていた。 「マクナレン一佐経由MP隊長。弾痕付きのレンタルBELが発見されたよ。歓楽街近くのショッピングモール屋上駐機場に乗り捨てられてた」 「レンタルBEL会社から借りた奴の人相は聞き出せたのか?」 「残念、レンタルされたのを更に盗まれたんだってサ」 「そいつは本当に残念至極だな。この近くの歓楽街か?」 「ううん、ここからニードを跨いで対岸の郊外だよ。行ってみる?」  何が見つかるとも思えず、首を横に振ってシドは煙草を消すと立ち上がる。 「あ、それとね。惑星警察が以前から目を付けてたマフィアの闇ルート、隠密作戦でとっくに人員が張り付いてたんだけど今晩零時に一斉検挙するんだって」 「へえ、やるじゃねぇか」 「これで敵が新たに弾薬を得る可能性は殆どゼロってことだよね」 「あとは追い詰めて身柄(ガラ)を確保するだけか。リフレッシャ浴びてくる」  ブースの前で脱いだ服を付属のダートレスに押し込みスイッチを入れた。温かな洗浄液と湯で洗い流しドライモードで適当に乾かす。出てみると足許のカゴに綿のシャツと下着が置かれていた。有難く身に着けて部屋に戻る。  するとチェアに腰掛けたままのハイファがデスクに肘をついて目を瞑っていた。端末で調べ物をしながら眠ってしまったらしい。  そっと近づいて飲みかけのアイスティーを一気飲みし、空ボトルをダストボックスに捨ててから細い躰を抱き上げる。若草色の瞳が見開かれたが、そのままベッドに運んで寝かせた。 「疲れたんだろ、いいから寝てろ」 「ん、でもシドも寝ない?」 「一緒に寝て欲しいのか?」 「うん」  即答されて煙草を諦め、TVと端末の電源を落とす。ハイファにオリーブドラブ色の毛布を被せて隣に潜り込んだ。シングルベッドに男二人で大変に狭かったが、互いに独り寝する気はない。リモータで天井のライトパネルを常夜灯モードにする。 「おやすみ、シド」 「ああ、おやすみ。ゆっくり寝ろよな」  左腕で腕枕してやるとハイファはすぐに規則正しい寝息を立てだした。シドもハイファを抱き締め、さらさらの長い髪を指で梳きながら目を瞑る。 ◇◇◇◇  随分早寝はしたが思いのほか疲れていたのか、シドが目を覚ますと七時半を過ぎていた。慌ててハイファを起こしベッドを出て、ダートレスから回収してきた衣服を着込む。 「貴方、頭が寝ぐせで爆発してる!」 「お前こそヨダレの痕がついてるぞ!」  水で撫でつけ執銃すると部屋を出てロックし廊下を走って階段を駆け下りた。八時に閉まる一階の食堂にギリギリで滑り込む。  私服でまばらな人目を惹きながら、カウンター内から差し出されるプレートをトレイに載せてテーブルに着いた。手を合わせてベーコンエッグにクロワッサン、サラダにポタージュ、デザートにヨーグルトといった朝食を頂く。  さっさと全てさらえてしまい、シドはカウンターで沸いていたセルフのコーヒーをカップふたつに注いできて再び着席した。上品にヨーグルトを口に運ぶ相棒を眺める。 「んで、今日の予定は何だって?」 「別に何もないよ、闇雲に歩いても仕方ないし。貴方がどうしても叙勲式に潜入したいって言うんなら、燕尾服の正装を仕立てに行ったって構わないけどね」 「そいつは勘弁してくれ」 「冗談だよ、狙撃銃担いで潜入できないし。ゆっくりしてていいんじゃない?」 「そうか。久々の休日って訳だな」  同意してシドはコーヒーを飲んだ。敵は弾薬を持たないのだ。誰も狙えない。  あとは星系外に高飛びするのを警戒しなければならないものの、それは地元の同輩がやっている。タイタンのときと同じ手を使われる恐れもあったが、この第四惑星アーデン上にはニード第一宙港以外にも宙港は存在しているのだ。二人で全部の監視など無理である。  尤も敵の顔すら分からない。彼らが何処かでボロを出すのを待つしかないのだった。 「ふあーあ。またよその星系まで追っかけることになるかもな」 「まあ、来るべきときに備えて休もうよ」  カップを干したシドがそわそわし始める。それを横目にハイファは優雅に食後のコーヒーを味わった。司令お勧めだけありここのコーヒーは割と美味しいのだ。二杯分とシド(いじ)めを愉しんでから腰を上げる。二人でトレイを返却し四階の部屋に戻った。  TVを点けてシドは至福の一服、ハイファはここまでの経過を別室に報告する。マクナレン一佐から報告がなされているのは知っていたが、ヒマ潰しも兼ねて詳細を文章に起こした。  コストの掛かる亜空間レピータ利用のダイレクトワープ通信なので、できるだけ小容量にまとめ上げると、「二十四キロバイト、軽い軽い。えいっ!」と気合いを入れて送信する。  世知辛い務めを果たしてしまうと、いよいよヒマになった。
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