第51話・真面目な話、恐竜の受精って至難の業……伸びる!?

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第51話・真面目な話、恐竜の受精って至難の業……伸びる!?

 チェアに前後逆に腰掛けたシドは煙草を吹かしながら、ぼんやりTVを眺めている。ハイファもニュースを視ていたが、そのうち朝のニュースタイムは一通り終わったらしく、けたたましいバラエティが始まった。  お笑い番組らしいが、どうにも笑いのツボが分からない。理解するのを諦めて窓から外を見渡してみる。軍らしくランニングする者が見受けられた。  だがそれだけ、ここは基地でも奥地で兵舎ばかり、見ものは他に何もない。  一日が長いここでの課業開始は九時、終了は十八時だと司令から聞いている。十三時から十四時までがランチ休憩だ。それまで基地見学もいいかと考え、バディを誘おうと思って振り向くと、いつの間にかシドはベッドに横になって目を瞑ってしまっていた。  仕方なく毛布を被せ、暫し端正な寝顔を堪能しているとやるべきことを思いつく。今度はこのランシーナ星系に於ける内紛の実情を別室に送るべく、昨夜シドが買って置いてあったアイスコーヒーを飲みながら文面を練り始めた。 ◇◇◇◇  昼食を摂りに一階の食堂に降りただけで、あとは部屋に籠もってシドは眠り続け、力作を送り終えたハイファはネット界を泳ぎ続けた。お蔭で十七時前にシドが起き出したときには、ハイファはランシーナ星系のちょっとした事情通になっている。 「ねえねえ、ここの海には海藻を食べる小型恐竜がいてね、港町ではその茹でタマゴが名物なんだって。慣れた恐竜は水族館で芸もするらしいよ。全部終わったら見に行かない?」 「んあ、恐竜のタマゴか……」  起き抜けでアタマのロクロが回らず、呟いたシドはデスク上の煙草を取り上げて一本咥えるとオイルライターで火を点けた。盛大に紫煙を吐き、二本並んだ開封済みのボトルを振って残っていたコーヒーを呷る。それでやや目が覚めた気がした。  点けっ放しのTVでは第一王子夫妻のニード第一宙港到着を伝えている。 「十八時半からの叙勲式に随分早いお着きだな」 「今晩はウィンザーホテルに泊まるから先に一旦そっちに向かうんだって」 「ウィンザーは何処だって?」 「議会ビルとそう離れてない、議会を挟んでベジャールホテルと丁度反対辺りかな」 「ふうん。あの中に昨日のドライバー氏もいるのかも知れねぇな」  ライヴ中継のTV画面には王族専用らしい碧い小型宙艦から降り立ち、カメラに手を振る第一王子夫妻と、二列に並んで出迎え挙手敬礼する兵士たちが映っていた。   「第一王子って、やっぱりカールに似てるよね」 「金髪に目も水色か。嫁さんも結構美人だな、ナイスバディだしさ」 「あっ、またそんなの見てる!」 「正当な評価じゃねぇか、それくらいはいいだろ」  小突き合っているうちに夫妻はコイルに乗り込み、周囲をこれもコイルに乗り込んだ兵士たちに固められて移動を始める。移動間も宙港メインビルに着いてからも一団はずっと報道陣に囲まれたまま、夫妻はずっと笑顔で手を振り続けていた。  ご苦労なことだとシドは思う。顔面に微笑み仮面が固着しそうだ。  やがてメインビル屋上に夫妻は辿り着き、これも碧い専用機の前で一際大きく手を振った。それで視聴者の目から解放されるのかと思いきや、カメラが捉えた上空にはメディアのロゴが入ったBELがブンブン飛び回っている。  予め飛行ルートは届け出ているのだろうが、軍用偵察機や惑星警察の緊急機も混じっていて、ぶつからないのが不思議なくらいだ。 「宙港管制も警護も楽じゃなさそうだな」 「まあ、管制システムのオートで見張ってるだけだし……えっ?」  ふいに映像が乱れたのをシドも目にしていた。次には小型機の前で倒れ伏した第一王子と、それに縋る夫人が映る。カメラマンが走ったらしく映像が激しく揺れた。兵士が夫妻に駆け寄り囲む。制止されてなおカメラは伸び上がって夫妻を撮った。倒れた王子は身動きひとつしない。女性リポーターが興奮して喋り続けている。怒号が湧き、現場は大混乱に陥っていた。  やがて降るようにランディングしてくるBEL群の映像を見つめながら、ハイファはマクナレン一佐からの発振を受け取った。 ◇◇◇◇ 「トムスキーはともかく、何でエーベル=シュミットは第一王子を狙ったんだ?」  窓外を眺めていたハイファが振り向く。シドは続けた。 「弟と母親を殺されたシュミットが恨んでるのは内紛を長引かせる星系政府だろ、ゲリラが勝手に看板にした王室をターゲットにするのは筋違いじゃねぇか?」  首を横に振ってハイファは窓際のチェアに腰を下ろす。 「分かんないよ、トムスキーに(そそのか)されたのかも知れないし。それより僕はたった一発とはいえどうやって彼らが銃弾を手に入れたのか、そっちの方を知りたいよ」  ここはニード第一宙港メインビル内にあるホテルの一室だった。  あれからすぐにこのビルまで飛んだが捜査関係者という事実を振り翳しても、混乱を極めた宙港管制は軍用偵察機のランディングをなかなか許可しなかった。三十分ほども待たされてようやく屋上に接地したが、そのとき残されていたのはメディアのロゴ入り小型機と、機内に放り出されたジンラットM950のみだったのである。  既に宙港内には手配がなされていたが、今に至るもトムスキー及びシュミットと思しき人物は引っ掛からず。あとから大手メディアのBELが一機盗まれていたことが判明。上空から狙撃された第一王子は病院に運ばれたが即死を確認という惨憺たる結果だった。 「あれだけBELが飛んでて、誰も狙撃現場を見てねぇとはな」 「それは仕方ないよ。みんな下ばっかり警戒してたし、夫妻を撮ってたんだし」 「だよな。くそう、敵は銃を手放して、また星系外に高飛びかよ……」  この先いったい何度これを繰り返せば済むのだろう。考えると眩暈がしそうになった。いい加減にテラも諦めて事実を大々的に報道し、トムスキーたちをテラ連邦全体の敵にしてやればいいのだ。そうなればさすがに奴らも逃げ場を失う筈である。 「さっさと任務中止命令を寄越しやがれってんだ、ユアン=ガードナーの妖怪テレパス野郎。ヴィンティス課長の野郎も今頃高笑いしてると思うと腹が立つ――」  やることもないので別室長と上司をしこたま罵倒した。すると腹が立つと腹が減る体質の男は巨大な音を腹から発する。ハイファが笑った。 「もう二十一時過ぎてるもんね、ルームサーヴィスでも取る?」 「ああ、いや、気晴らしに少し歩こうぜ」  このメインビル内のショッピングモールに飲食店も入居しているのは知っていた。執銃したままだった二人は部屋を出る。返却していないアマリエットなどの荷物は置いてゆくことにした。ビル中に惑星警察諸氏が巡回していて盗まれる心配がない。却って目立つ得物を持っていれば必ず職務質問という面倒が待ち構えている。  ロックをして通路を歩き、エレベーターに乗った。五十五階建ての五十階から三十五階までが宙港付属ホテル、三十四階から二十五階までがショッピングモールになっている。部屋は三十九階の三九〇八号室だった。  エレベーター内に張られた電子案内板を眺め、レストランの多そうな三十階をシドが押す。降りてみると他星からの客が訪れるショッピングモールは、どの店舗もまだクローズしていなかった。だがそこで少々の失敗を悟る。  フロアは婦人服専門のようでエレベーターの真ん前は下着売り場、ランジェリー姿のホロマネキンが闊歩していたのだ。 「シド、恥ずかしいからガン見しないで!」 「みっ、見てねぇよっ、見えるだけだ!」  妙齢のご婦人方に注視されながら男二人は売り場をそそくさと通り抜ける。やっとマネキンが普通の衣装をまとったものになり、ホッとしたところで通路を挟んだ目の前にレストランが並んでいるのを見つけた。あれこれ迷ってトンカツの店に決める。  入店するとキモノ風の制服にたすき掛けした女性が出迎えた。  「いらっしゃいませ、お二人様ですね?」 「はい。できれば喫煙席でお願いします」  店内は意外な盛況で一番隅のテーブル席に案内される。けれどここは構造上ひとつも窓がないのでどの席でも同じだ。電子メニュー表を見てボタンを押し注文する。  運ばれてきたタンブラーの水を飲んでハイファは呟いた。 「どうしても後手に回っちゃうのは仕方ないけど、どうにかして罠でも張れないかなあ?」  食事時にハイファが自ら仕事の話を始めるのは珍しく、これも珍しく苛立っているぞと思いながらシドは煙草に火を点けて考えを巡らせる。
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