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第55話・物見遊山の平和回。前回を見直し女性読者様がと脂汗
「他に何か気付かれた点はありませんか?」
中年の課長は疲れ切った風に諸手を挙げる。ハイファに代わってシドが訊いた。
「第二王子狙撃時に上空にいたBELの追跡はどうなってる?」
「悪いがそれもお手上げだ。宙港空域侵入機は真っ直ぐフルスピードで飛んできて減速、このビルの約二百五十メートル上空にたった十二秒だけ滞空し、ことを済ませてサヨウナラだ。管制域外に出た機は追えん。軍用・民間・ゲリラ、どれものBELが入り乱れてこの星の航空交通局は機能しとらん」
一気に喋って課長は深々と溜息を洩らした。二人は課長とリモータIDを交換し、カメラに異常が見られたら即時連絡をくれるよう依頼すると礼を述べて課長の前から去る。
次に二人が捜したのは捜査の現場責任者だ。シドは目敏く地元署の同輩でやたら声のデカい警部を捕まえ、ハイファは階級が一番高かった制服三佐と話する。けれど先程の課長以上の話は聞けず、捜査に進展があれば連絡を寄越すよう頼んでこれも釈放だ。
宙港警備本部から出ると窓外には吹雪を通して意外に沢山の明かりが見えた。
「へえ、結構大きな街だな。王宮のあるドレッタよりデカいんじゃねぇか?」
「そうだね。でもせいぜい高くても五、六階建てかな。泊まる場所には困らなさそうだけど」
「このビルにホテルはねぇのか?」
「ないよ、たったの十五階建てだもん」
「ふうん。でもまあ、この辺りには泊まらねぇけどな」
「何処か行くアテでもあるの?」
「ああ。せっかく王宮のある星にきたんだ、ドレッタ見物でもしようぜ」
◇◇◇◇
宙港の二階ロビーフロアにあったカフェ・シルバーベルで夕食を摂ったのち、また懲罰中隊にスカウトされないよう、二人はそそくさと屋上停機場に上がった。
風よけドームの下には更なる風よけらしい箱状の小屋が幾つも並んでいる。中はファイバのベンチが並び、この時間帯でも出航便を待つ客が多数腰掛けていた。ここは第二王子狙撃事件現場、全面的に運航が停止されていた定期BELが稼働を始めたばかりなのだ。
開放された小屋の入り口から上を見て、雪がもっさり積もったドームの軋みをやや不安に感じながら、シドはエアカーテンで仕切られた喫煙ブースで煙草を吸い、ハイファはオートドリンカで買った保温ボトルの紅茶を飲んでいた。
「ねえ、本当に貴方は王宮そのものが狙われると思ってるの?」
「王子が二人も殺られたんだぞ。王が狙われてもおかしくねぇだろ」
ただ物見遊山でドレッタに行こうというのではない、次は王がターゲットになるとシドは踏んだのである。王宮近くで張り込みしようと意気込んでいるのだ。
「そりゃあ王室の存在は内紛の原因と言えなくもないけど」
「ゲリラに看板にされても王宮は静観してるんだろ? 黙って内紛を眺めてるのは積極的か消極的かの違いだけで、星系政府と五十歩百歩だ。そうシュミットは思い込んだ。違うか?」
「分かんないけど、敵の狙いは王室ねえ」
軋むドームがドカドカと雪を落としながら開く。小屋の中にまで冷たい風が吹き込んだ。同時にエアコンが唸りを上げ、灰を落とされそうになって閉口したシドは煙草を灰皿に捨てる。
降下してきた大型BELはシドたちの小屋の前に接地した。
「あ、たぶんこのBELだよ。一時四十分発」
客を吐き出した大型BELは機内の清掃と点検を終えると乗客を受け入れ始める。CAが掲げるチェックパネルにリモータを翳し、定額料金を支払ってタラップドアを上った。
ふたつ並んだシートを確保し腰掛けると、まもなくCAがドアを閉めて出航だ。
「どのくらい掛かるんだ?」
「ドレッタ宙港直行便だからね、二時間で着くよ」
「へえ、それでも五千キロ近く離れてるのか」
BELの高々度での巡航速度はマッハ二を超える。
「けど北に向かうから日付変更線は越えないし時差もない。でもそんな所で張り込みなんかしたら、また貴方は風邪引くよ。ううん、凍って割れると思う」
「BELか何か借りるに決まってるだろ」
「そうですか。でも貴方の読みが正しいなら王よりカールが危ないんじゃないの?」
「カールはゲリラとの融和政策と停戦条約を主張してテラ連邦軍内で煙たがられたんだろ。実戦経験がなくてもシュミットだって士官、そのくらいは知ってる筈だぜ?」
「そうかも知れないけど、その結果がどうなるのか分かってる?」
「カールが玉座に座るってか。あいつは安易に玉座なんか背負わねぇと思うがな」
それきり二人は黙り、ウトウトしながら約二時間を過ごした。
無事に定期BELはランディングしたが、そこはメイン施設の屋上ではなく宙港隅の停機場だった。降りてみれば先日とは打って変わっての猛吹雪、リムジンコイルに乗り込むまでの数秒間で二人は鼻がちぎれるような思いをする。
「ひーん、もう痛くて痒いよー」
泣き言を垂れながらハイファがコイル内の表示を見ると、暖かく感じたが気温は摂氏マイナス四度だった。口の減らないシドが黙っているのは熱が逃げるのを防いでいるらしい。
メイン施設に辿り着いて駆け込むとやっと全身のこわばりが融ける。だがしみじみエアコンの恩恵に与ってからエントランスを出ると、こういった場所に必ず待ち受けているタクシーは先人が乗って行ってしまい、皆出払っていた。仕方なく建物内に逆戻りである。
「けどさ、もう四時だぞ。時間に宿屋は開いてるのか?」
「いちいち僕の知らないことばっかり訊かないでよ。持ってる情報量は殆ど同じなんだから」
そこでハイファの知っていそうなことを脳内検索してシドが再び訊く。
「じゃあ、近くに軍の基地はねぇのかよ?」
「第八駐屯地があるよ、十五キロくらい離れてるけどね」
「もし宿屋がなければそっちだな。ついでにBELを借りられれば一石二鳥だしさ」
「この街上空に軍用BELがぶら下がってたら、どんなスナイパーでも逃げると思うのは僕の気のせい――」
「分かったってばよ。大人しく宿屋とレンタルBEL屋を探そうぜ」
そこでまた備え付けの端末でマップを落とし、宿泊施設とレンタルBEL会社をハイファが検索した。すると内紛中でもゲリラが手を出さない元星系首都で王宮の街、観光客向けの宿も結構多くあり、レンタルBELにも事欠かないことが判明する。
もう一度エントランスからトライするとタクシーも一台戻ってきていた。
後部座席に荷物を放り込んでから急いで前部座席に二人は這い込む。凍えた指先でハイファがモニタパネルをタッチし、宿屋が多い王宮の向こう側のエリアを座標指定した。僅かに浮いたタクシーはゆっくりと発進する。貴族が住まうという大きな屋敷の建ち並ぶエリアを突っ切り、二十分ほどでドレッタの街なかに入った。
「わあ、綺麗かも」
「観光客が寄ってくるのも分かるな」
周囲の建物は先日偵察機から見下ろしたようにせいぜい三階建て、一階には様々な店舗が入居している。その商品であるパンに香辛料やチーズ、雑貨にオーダーメイドの洋服などが一様にセピア色の照明でライトアップされているのだ。
やや狭い通りでは降りかかる雪の勢いも激しくなく、時間的な静けさも相まって異世界に迷い込んだようにも思われる。
石造りかそれに似せたファイバの建物上階にはバルコニーがあり、つららが下がっていた。ガス灯を模した洒落たデザインの街灯が薄く湯気を立ち上らせている。
王宮を中心に道は放射状に広がっていて、タクシーはその王宮方面に向かっているようだ。街に入ってから更に二十分、二人は王宮を目にする。侵入者への警戒と観光客へのサーヴィスも兼ねているのか、これもライトアップされていて碧く塗られた城は美しい。
「やっぱりデカいな。天辺は玉ネギの飾りじゃなくて尖塔か」
「趣味は良さそうだよね。でもかなり窓が大きいし、多いなあ」
既にハイファはスナイパーの目で王宮を捉えているようだ。
「青銅の外柵に門衛、外の通りは兵隊が巡回中と。やっぱり狙うとすれば上空BELからか」
「そうなるだろうね、他にここより高い建物はないし」
「でも王サマがどの部屋に住んでるのか、外部に洩らしたりしねぇんだろ?」
「まあね、ここは一般公開してないみたい。じゃあ、あとは王の予定を探り出さなきゃだね」
ハイファの呟きを聞きながら、シドはクソ寒い中で巡回している近衛兵たちに同情する。近衛と云っても王とて独自に兵は持てないので、テラ連邦軍から選抜された兵士たちだ。
制式小銃サディM18ライフルを担いで歩く二人組の傍を通り抜け、タクシーはゆるゆる走った。
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