第56話・何に羞恥を感じるかは人それぞれ。欲望も同様だが法は護れ

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第56話・何に羞恥を感じるかは人それぞれ。欲望も同様だが法は護れ

 やがて減速し停止したタクシーは身を沈ませる。ハイファがクレジット精算し荷物を担いで二人は降車した。足許は幸い融雪ファイバで雪に埋もれることはない。  何処に宿屋があるのかと、シドは雪を透かして街灯の並んだ通りを見回した。すると王宮とは反対の郊外側がやけに明るく賑やかである。ネオンが輝き、人の気配もしていた。  その独特の雰囲気は何度も体感したことがある。 「何だ、こんな所にまで歓楽街があるのかよ」 「観光客もいるし、需要は高いんじゃないのかな。宿もこの辺りに多いしね」  僅かに身を震わせたハイファの腰に手を添え、シドは宿を見つけるべく歩き出した。幾らも経たないうちに、まだ本格的な歓楽街の中でもないのに、コートも着ていないご婦人方から声を掛けられる。次はニヤけた男が近づいてきた。睨みつけると目を逸らして去る。 「何、あれ?」 「クスリの売人だろ。しきてんも配置してねぇとは、大した度胸だぜ」  しきてんとは違法な取引をする際に、当局の目がないか見張る役目の者のことだ。 「ああいうのがいるんだから、敵も案外簡単に得物を買えたのかも知れないね」  応えずシドはぐいぐい歩き、最初に見つけた宿屋の看板の前で立ち止まる。看板は雪まみれだったが『部屋あります』と書かれていた。窓に掛かったカーテン越しに、暖かそうな明かりも灯っている。  オートではないドアをハイファがノックし、ドア脇のリモータチェッカに交互にリモータを翳すと、パネルから「はあい!」という声がした。  凍てつく寒さから逃れるためロックの解かれたドアを開けて、二人は宿に滑り込んだ。中は想像通りに暖かく、カウンター席が六つに四人掛けテーブル席が三つきりの小さな食堂になっていた。テーブル席がひとつだけ二人組の男で埋まっている。  カウンター内には恰幅のいい女将さんと痩せた若い女性が立っていた。若い女性はテラ標準歴で十八、九といった年頃、顔立ちの似た彼女たちは母娘だと思われる。 「おやまあ、こんな色男が二人も濡れちまって。ほら、上着を脱いで乾かしな!」  発言する前に女将さんに大声で言われ、二人は脱いだコートや手袋、耳当てなどをカウンター席のスツールに置いた。荷物も置き、立てかけると、娘さんがサッとカップを差し出す。  有難く受け取ってスツールに腰を下ろし、湯気の立つカップをハイファが覗くと、中身はホットワインらしかった。少し迷ったが頂く。半分ほども飲むと躰がほぐれて溜息が出た。 「あー、スパイスが効いてて美味しい」 「腹の底からあったまるよな」  そこでじっと見つめる母娘の目に気付いて、ハイファが宿泊の意思があることを申し出る。 「泊まりたいんですが、ダブルで喫煙、ありますか?」 「……あるよ」  ストレートにハイファは嬉しそうな顔をした。  一方でシドは母娘から穴が空くほど見つめられ、背後のテーブル席からも視線を感じて、空っぽのカップの中身を飲むフリを続けた。 ◇◇◇◇  翌日は雪も止み、空は綺麗に晴れ渡っていた。それでも外気温は氷点以上にならず防寒着をしっかり身に着けたシドとハイファは、王宮周辺をぐるぐると歩き回った。  一周目は観光客らに混じって風情ある城下町を愉しみ、ロイヤルワラントを掲げるベーカリーやブティックなどを眺めて愉しんだ。二周目以降に任務へと目を向ける。 「王子が二人も()られたのに、そんなに警備は厳重に見えねぇな」 「でも近くの第八、第九駐屯地から近衛の増員はしたらしいよ」  まだチェックアウトしていない宿の部屋にあった端末で、ハイファは可能な限りの情報収集をしてきていた。のんびり歩きながら得られた知識を更に開陳する。 「高齢の王は出歩いても城の中庭くらい、狙えるのはその辺りかなあ」 「けど飛んでるBELも多くねぇし、いつ出てくるかも分からねぇ王を待ってたら、幾ら何でも高射砲で撃墜されちまうだろうが」 「第八駐屯地にある近衛部隊の端末にも侵入してみたけど、城内の警備配置図に高射砲なんて載ってなかったよ。十五キロ離れた駐屯地から高射砲が届くかどうかも疑問だし」 「対空兵器は何もねぇのか?」 「ビームファランクスも投石機も何にもナシ。愛されてきたんだよ、王宮は」  なるほどと思い、シドは暫し黙ってサディを担いだ近衛二人組を目で追った。 「じゃあさ、王が決まった行動を取る予定は何処にもねぇのかよ?」 「ないこともないよ。毎日決まった時間に食堂でご飯を食べるし、三日に一度は医務室で健康チェックを受けるし、半月に一度は貴族が広間で開催するパーティーにも顔を出すしね」 「貴族がパーティーを催すのか?」  カールの科白、『貴族も名ばかり、今はみんなと暮らしも変わらない』というのをシドは思い出し、何だ、優雅なもんじゃねぇかと心の中で愚痴った。  考えを読んだようにハイファは笑う。 「チャリティーパーティーなんだよ。第四惑星アーデンから呼んだ政府の高官とか会社役員、街の人でも希望者に招待状を順番に送って、パーティーチケットを買って貰う。収益金は学生の学費援助とか身寄りのない子供のいる施設充実のために使われるって訳」 「ふうん、そういうことか。それって次はいつなんだ?」 「丁度今晩二十三時から……って、まさかシド、もしかして?」 「ああ。パーティーなら客がわんさか集まるんだろ、上空を飛ぶBELも増える。こいつは敵にしたらチャンスじゃねぇか?」 「そっか。それにこのパーティーは星系民なら誰でも知ってるイヴェントだ……」  呟いてハイファは王宮を眺めた。青銅の柵と城の間は広い前庭で、昨夜は積もっていた雪が今は綺麗に融け消えている。融雪ヒータを作動させたのだろう、青々とした芝生とコイル駐車場が、車寄せと正門を結ぶ石畳の小径にキッチリ半分ずつ分けられていた。  更に城内の警備配置図を思い出す。巨大な碧い建物はロの字型をしていた。着飾った人々を長く歩かせないよう、パーティー会場の大広間は正面玄関ホールからさほど離れていない。そしてそれは客の目を愉しませるため、丹精された中庭に面していた筈である。 「シド、今晩僕らは王宮に潜入するからね」 「って、BELで監視するんじゃねぇ、忍び込む気かよ?」 「忍び込みはしないよ、ごく穏便に招待される方法は考えたから」 「まさかあの手を使うのか?」  頷いたハイファはにっこり微笑んだ。 「だから今夜は貴方も盛装ね。さあて、仕立て屋さんに行くよ!」
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