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第58話・やっとアクティヴ戦術。囮という漢字は出来すぎ
確かめて頷いた代表の男は挙手敬礼、残りの十一名も倣う。二人も答礼した。
「わたしは近衛団長のライリー三佐です。お急ぎでしょうから機材を運ばせます」
ライリー団長は衛兵たちに指示し、レンタルBELの機内から荷物を運び出させ始める。荷物は白い布で包まれた大きな物がふたつ、掌サイズの小さな物が六個とアマリエットのソフトケース、高性能レーザースコープだった。狙撃の商売道具はシドとハイファが自分で持つ。
駐機場から城内に繋がる小径は雪が融かされ歩きやすくなっていた。
密やかに移動した一団は石造りの城内に入るとエレベーターで二階に上がる。繊細な織り模様のカーペットが敷かれ、小ぶりのシャンデリアが下がった廊下はさほど歩かず、第一目的地に辿り着いた。ライリー団長がオートでないドアをマスターキィオープンする。
棚が並んでメイド用の服などが重ねられたそこは、狭い倉庫のようだった。
室内を突っ切ってハイファが見下ろしている窓をシドも覗いてみる。真下の一階は天井が高く、大きく取られた掃き出し式のフランス窓からは眩しいほどの光が溢れ出していた。
間違いなくパーティー会場の大広間だ。準備中の慌ただしい気配がここまで漂ってくる。
「ここで大丈夫だと思うか?」
「うん。まさに望むべくもない好条件だよ」
笑ったハイファは窓を大きく開放してラッチに固定、風が吹いても閉まらないようにした。次に兵士たちに大きな方の荷物ふたつと小さな荷物三個を降ろさせる。
大きな荷物の白い布を剥がして現れたのはマネキンが二体、勿論ホロではない実体だ。昼間タキシードを作った店と交渉して借りてきたのである。それを窓際に立たせた。
マネキンにハイファがポーズを決めさせている間、シドは小さな荷物三個を箱から出して棚の適当な場所に配置する。
こちらはホログラフィ発生装置だった。何度か場所を変えてはマネキンに焦点が合うよう調節し、納得すると兵士を数名残して再び移動である。
ドアロックをしたライリー団長が相変わらずの丁寧さながら急かした。
「今度は遠いのでお急ぎ下さい。こちらです」
一団はエレベーターで三階まで上がり、広い広い廊下を歩いてまたエレベーターに乗った。最上階の五階で降り、カーペット敷きの廊下を半ば駆け足で辿る。
ここまでですれ違った人間はごく少数、それも紺色のメイドドレスに白のヘッドドレスを着けた女性ばかりで、なるべく人目につかないルートをライリー団長は選んでいるようだった。
やがてライリー団長は一枚のドアの前で足を止める。制服のポケットから古風な青銅の棒鍵を取り出して解錠し、金メッキのドアノブを回して引いた。僅かな軋みを立ててドアが開く。
開いたドアの内部は石が剥き出しの螺旋階段になっていた。
「殆ど使っていないので、掃除が行き届いていないのはご寛恕願います」
そう断ってライリー団長は螺旋階段を上り始めたが、一団と共に続いたシドの目には綿埃ひとつ触れない。壁に取り付けられた素っ気ないライトパネルの光が却って清々しく思えるほどである。そのまま二分ほど上ると、ひとつ目の部屋に着いた。
鍵も掛かっていないドアをライリー団長は引き開けてハイファに訊く。
「ここではどうでしょうか?」
直径約五メートルの円形の部屋には窓が一枚、天井にライトパネルが三枚あるだけだった。いっそ潔いほど何もない、カーペットすら敷かれていない部屋を黙って縦断し、ハイファは窓に近づいて外を覗いた。シドも一緒に眺め下ろす。
高層ビルの高さに慣れた身でも微妙な恐怖感を覚えさせるようなそこは、城の天辺に幾つも生えた尖塔の一本だった。大広間からは直線距離で右に約八十メートル、上に約六十メートルも離れているだろうか。
碧く塗られているのは知っているが、今は暗さで黒っぽい王宮の屋根と数本の尖塔の向こうには、多数の窓明かりを洩らすドレッタの街並みが見える。
「ハイファ、どうだ?」
「うーん、もうひとつ上に部屋があるんだよね。そっちを見てから決めるよ」
また螺旋階段上りをして尖塔の最上階に着いた。だが一瞥してライトパネルが少々暗いのに気付いたハイファが首を横に振る。先程の部屋に戻ると残りの小さな荷物三個を取り出した。
こちらの中身はカメラである。窓を開放してシドとハイファが立ち位置を決めると、二人を上手く映せる場所にカメラを取り付けるまでが難儀だった。何せ剥き出しの石壁である。
結局は兵士が調達してきた瞬間接着剤でくっつけた。
「只今より映像を送る。状況知らせ、どうぞ」
ライリー団長のリモータ音声発信に、マネキンを置いた倉庫に待機している兵士が応える。
《問題ありません。映像を送られたし、どうぞ》
最終的にハイファがアマリエットを立射姿勢で構え、左隣に立ったシドがレーザースコープを目に当てた状態で二人の映像を送り、倉庫側兵士が微調整を終えたのは二十二時だった。
「上手く行くと思うか?」
「たぶんね。貴方の奇抜すぎる思いつきに敵はついてこられないと思うから。まさかマネキンに僕らのフリをさせるなんてね」
そう、囮になるのはシドとハイファではなく、二人の偽装をさせたマネキンなのである。偽装マネキンに敵の目を惹きつけておき、こちらは離れた場所から敵を狙う作戦だった。
だがタダのマネキンを置いただけではスナイパーとスポッタの目は誤魔化せない。おまけにミハイル=トムスキーは物体の距離を瞬時に測るサイキ持ちである。
実体のない単なるホログラフィでは見破られる恐れがあった。そこでマネキンに二人のリアルタイム映像をホログラフィ化させて投影したのである。
「倉庫のライトパネルは消してあるんだよな?」
「はい、部下が確実に消してからロックをし、誰も入らぬようドア前で立哨しております」
遅滞なくライリー団長は答えた。これでアマリエットが銃口から吐く僅かな燃焼炎のマズルフラッシュは充分敵の目を惹きつけるだろう。一方で城の尖塔は全てのライトパネルが点けっ放しだ。マズルフラッシュはおろか光に融けて二人の姿も定かでなくなる筈だった。
但し難を云えば向こうは五百メートルほども離れた高空から撃ち下ろしてくる。対してこちらは極端な仰角発射だ。だが床が安定しているのが何より大きなアドバンテージと云えた。
残りの約一時間も無駄にせず、二人は一団とともに逆順を辿って中庭に出る。パーティーの準備に忙しくメイドたちが働き、オーケストラが音合わせをする大広間を窓の外から眺め、振り向いて敵がやってくるなら必ず現れるだろう城の屋根より遙か上空を見上げた。
「ねえ、くると思う?」
「ああ、俺はそう思う」
言い切ったシドは敵の姿を脳裏に思い浮かべる。まだ顔のないそれは狡猾に笑っているようであり、幾多の命を奪ってなお変わらない世を嘆いているようでもあった。
頭を振ってシドは顔のない彼らを追い出す。リーコック邸で無辜の四人の命を奪った憎むべき敵だが、今は憎むより勝つことに集中すべきだった。
初めてまともな条件下でハイファを敵と対峙させてやれるのだ。絶対に負けさせない。ハイファのプライドは護ると誓ったのだ。
そのハイファは若草色の瞳に何の表情も浮かべず、ただ夜空を見つめていた。
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