第59話・本来スナイパーよりスポッタの方が経験豊富で立場も上

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第59話・本来スナイパーよりスポッタの方が経験豊富で立場も上

 パーティー会場に盛装した男女がポツポツと現れたのを潮時に、二人は衛兵二名と尖塔の部屋に戻った。王の警護があるライリー団長とはリモータIDを交換して一旦分かれた。  チャリティーパーティーは二十三時から四時間の長丁場である。だが王子二人を亡くしたばかりで憔悴の深い王の臨場は二十五時だと聞いていた。しかし敵がそれを知っているとは限らず、いつ姿を現すか分からない。二人は油断なく二十三時から見張る予定である。 「で、今度はどっちを狙うんだ?」  訊きながらシドは脳内でシミュレーションしていた。  おそらくトムスキーは軍用機のパイロット席である右席に座ったままスポッタをする。今までのパターンだ。当然シュミットも右側スライドドアを開けて狙ってくるだろう。  そしてこちらが極端な仰角発射なら向こうは極端な俯角発射だ。スナイパーは身を乗り出して撃ち下ろすことになる。狙いやすいのは勿論シュミットだ。  だが準備万端に整えたアマリエットを抱いてハイファは意外なことを口にする。 「シドが博打に出たんだから僕も賭けてみようかな」 「BELが墜ちてヤバいのは大都市もここも変わらねぇぞ?」 「何も殺すとは言ってないよ、今までのツケを返して貰うだけ」  歌うように言ったハイファは口許に笑みを浮かべていた。そのあまり見せたことのない種類の笑みは酷く愉しげだったが、シドは冷たい手で腹を撫でられたようにぞっとする。 「お前って、敵に回すとしみじみ嫌なタイプだよな」 「あーたに言われたら終わりのような気がして、ヤダなあ」  そう言ってハイファはいつもの柔らかな微笑みに戻り、シドを安堵させた。 「どういう意味だよ。大体、土鍋性格は互いに似たようなモンだと思うがな」 「僕は半生掛けても終わらない裁判を平気で起こして、毎月一度必ず通うようなコトはしませんから」 「おう、結審寸前で弁護士取り替えてやるぜ。つーか、ンなコトいつ俺がしたんだよ?」 「例えばの話だよ」  このままエスカレートすると互いに銃を突き付け合う恐れがあったので話を戻す。 「んで、半殺しにしたってヤバいのは同じだぜ?」 「ドレッタ外の荒れ地までBELなら五分だもん。命が惜しければシュミット一尉だってオートパイロットに切り替えるアタマくらい持ってるでしょ。気に食わない?」 「いや、いい加減にループを断ち切りたいところだからな、大歓迎だ。それに珍しいお前の賭けだ、全力サポートする。存分にやれ」  素直に嬉しそうな顔をしたハイファはそこで要らんことをのたまった。 「僕だってたまには賭けたいこともあるよ、イヴェントストライカの博打人生ほどじゃ……あっ!」  慌ててハイファは口を押さえたがもう遅い。シドは思わぬ処で何よりも嫌う言葉を出され、非常に機嫌を損ねていた。首を竦めたハイファを睨みつけて喚く。 「おーまーえー、そいつを口にしたな! くそう、嫌な予感がしてきやがったぜ!」  金髪頭をぺしりと張り飛ばした。ハイファは大仰に頭を押さえる。 「痛ーい! でも僕は貴方のその科白にドキドキするんだってば」 「知るかボケ! この落とし前どうつけてくれるんだ、ああん?」  騒いでいると二人のリモータが震えた。五分前に仕掛けておいたアラームだ。遊んでいる場合ではない。振動を止めると気を引き締めて準備の最終段階に入る。  幸いエアコンは利いていた。ハイファはコートとタキシードのジャケットを脱ぎ、愛銃テミスコピーを黒革のショルダーバンドごと外す。  ジャケットだけを着直しアマリエットを構えて肩付けした。  シドもコートを脱ぐと持参してきた対衝撃ジャケットを羽織り、レーザースコープのアイピースに目を当てる。二人でやや左の五百メートル上方を見つめた。  既に様々な気象条件などをシドは測定しハイファに伝えてあった。ハイファもその数値と自らの勘に従いクリックダイアルと付属のスコープを調整済みである。  再びリモータが一度だけ震えた。ハイファが宣言する。 「現在時、二十三時。作戦行動に入る」 「ラジャー。作戦行動開始」  背後には衛兵が二人いたが彼らはいない者の如く気配を消していた。集中し始めた二人も彼らの存在など頭にない。本来なら索敵の目はひとつでも多い方がいいのだが、窓際に立つとカメラ・ホログラフィに映ってしまう。ここは大人しくしていて貰うしかなかった。  静かにしているとパーティー会場の方から、オーケストラのワルツがここまで洩れ聞こえてくる。誰かがフランス窓を開けて氷の世界を観賞しているようだ。近衛も王でなければ咎め立てはしないらしい。ライリー団長も結構な薄愛主義者だな、などとシドは思う。  それから三十分ほど経って気象条件を測定し直した。 「ハイファ、右からの横風が強くなったぞ。秒速0.3くらいだが」 「ん、分かった」  スコープを一挙動で微調整しハイファは立射姿勢に戻る。  横風だけが成功を阻むのではない、超長距離狙撃ともなると惑星に働くコリオリの力までが弾道に影響することもあるのだ。そんな要素までをも計算せねばならないストレスはスポッタが軽減するが、やはり最後はスナイパーの腕とセンスに全てが委ねられる。  今回は距離的にさほど遠くはないが、それだけ狙撃は静かに過酷な任務ということだった。  一時間が経つ頃には気圧が随分下がり、風が唸りを上げ始める。 「こいつは降るかも知れねぇな」 「恵みの雪になるかどうかは運次第ってとこだね」  二人の見つめるスコープは特殊仕様、夜の今でも昼間のように明るくクリアに見えた。だが雪が降れば視界が急激に悪くなるのは当然だ。  しかしそれは敵にも言えることである。条件が五分と五分なら銃の性能はこちらが上、それにシドはハイファの腕を疑っていない。 「しかしこの星のウェザコントローラはマジでぶっ壊れてやがるよな」  ぶつくさ文句を垂れつつシドは上空を飛ぶ二機の小型BELを目で追った。パーティーに遅刻しても誰に怒られることもないのだろう、二機とも中庭にランディングしてホッとする。  二時間が経過するとシドも減らず口を叩くのをやめた。予定通りならパーティー会場に王が臨場する時間、ハイファが緊張感をまとって銃を構え直したからだ。  いつの間にか室温も下がりきっていた。窓も開けっ放しだから当たり前である。  それでも彫像のようにハイファは動かない。動く訳にはいかないのだ。  銃口角度の六十分の一度のぶれが百メートルで二十九ミリのずれになる。一キロメートルで約三十センチ、二キロで約六十センチもの致命的なずれだ。  刻々と時間が過ぎる。気圧と風速・風向の変化をシドはまたハイファに報告した。ハイファもまた一挙動でクリック調整して立射姿勢に戻る。そんなハイファと一緒にトリガを引くつもりでシドも心音三回で一回の呼吸を繰り返した。  一度も訪れないかも知れぬチャンスを待ち、二人はそれぞれスコープ越しの世界を食い入るように見つめ続ける。神経を研ぎ澄ませ更に精神集中してゆく。もうすぐ三時間。  小型BELがシドの視界に映る。また遅刻者か。だが降下してこない。滞空している。レーザースコープのフォーカスが合った。側面スライドドアが開いている。 「距離五百三十、敵機が現れた」  ぶれを抑えるためハイファが息を吸い込み止めた。呼吸を止めてトリガを引けるのは十秒が限界、それ以上は脳が酸素欠乏に陥り精確な照準ができなくなるのだ。二秒後、発射。  円形の部屋の構造からか、サウンドサプレッサーを通しても撃発音は割と響いた。 「ヒット。パイロット、右肩に被弾」  途端に敵機がぐらつく。しかし二秒足らずで立て直した。オートパイロットに切り替えたようだ。安定を取り戻した直後レーザースコープの視界にマズルフラッシュが閃く。 「敵スナイパーが下方に撃ち始めた。続けてスナイパーを狙え」 「ヤー。三連射を二回でいく」 「だめだ、ハイファ。ヘッドショットを狙え」 「ネガティヴ。連射でいく」
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