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第6話・取り敢えずレストラン銃撃のタネあかし
料理の知識もセンスも皆無のシドは、普段からキッチンの仕事をハイファに任せきっているので、コーヒーはなるべく自分で淹れるようにしている。
だがハイファはシドの怪我が心配で堪らないらしい。それでも以前はもっと大騒ぎしていたのだ。けれど普段の職務上でも別室任務でも怪我が絶えないお蔭で、最近はかなり慣れてきたようでもある。
袖を通さず羽織っていた対衝撃ジャケットを脱がされ、執銃を解かれて異様に座り心地のいい三人掛けソファに座らされる。シドはハイファが衣服をクローゼットに掛け、いそいそと洗面所の華奢な蛇口で水を汲んでコーヒーメーカをセットするのを眺めた。
備え付けの飲料ディスペンサーにもコーヒー紅茶に清涼飲料水と揃ってはいるが、最高級ホテルのサーヴィスをハイファは満喫したいらしい。シドが煙草を咥えている間に、今度はバスルームまで検分に行っていた。
「ねえねえ、お風呂もすっごく広いよ。あとで一緒に入って洗ってあげるね」
「そいつはどうも」
応えながらシドはリモータで同期させたTVのスイッチを入れる。大きなホロTVのディスプレイが中空に浮かび上がった。局を幾つかとばしてテラ連邦でも大手のRTVに合わせる。丁度ニュースをやっていて紫煙を吐きつつ眺め始めた。
最初は各地での新年に於ける騒ぎの特集だった。
亜空間レピータを使ったコストの掛かるライヴ中継で、火星の衛星フォボスに駐留する攻撃の雄・第一艦隊と、土星の衛星タイタンの巨大基地を母港とするテラの護り女神・第二艦隊の餅つき合戦などが報じられる。巨大艦隊の乗員がついた餅は、このあと乾燥されて困窮する星系に援助物資として配られるらしい。
そんなニュースを流し視ながらハイファがソーサー付きで渡してくれたコーヒーを飲んで欠伸を堪えた。やがてまともなニュースになるとハイファも隣に腰掛ける。
《昨夜二十三時四十五分頃、マイスノーホテル最上階のレストラン、ラ・キュイジーヌ・フランセーズ・オジアーナでセフェロ星系出身のエドガー=ジョレスさんと夫人、それに警察関係者が撃たれる事件が発生しました。ジョレスさんは死亡、夫人は再生槽入りをし、警察関係者は軽傷だということです。次に……》
呆気なくニュース報道は終わってしまったが、これで落胆はしない。シドはリモータ操作しニュースの詳細についてホロ画面に表示させた。
「エドガー=ジョレス、テラ標準歴換算で七十五歳、セフェロ星系第五惑星セフェロⅤ在住でテラ本星に夫婦で旅行中ねえ」
「へえ、セフェロか。職業はジョレス掘削鉱業会長……ってことはFCにもまんざら無関係って訳でもないんじゃねぇか?」
「そうだね」
と、ハイファも素早くリモータ操作し答えを得る。
「ビンゴだよ。FCはセフェロで採れるレアメタル流通のほぼ百パーセントを握ってる。その下請けのひとつだね」
新たに煙草に火を点けてシドは切れ長の目を僅かに細めた。
「問題はそんな人物がどうして物騒な土産を持っていたのかだな」
「それに何故あんな狙い方をされたのかだね。まずはセンリーにジョレス掘削鉱業についての資料請求をするよ。それと軍にも探りを入れなきゃ」
ハイファの実父であるチェンバーズ=ファサルートFC会長付秘書の武藤千里ことセンリーにリモータ発振をし、ハイファは更に別室にも発振を送った。
かくして身構えていたかのようにセンリーからの発振が入る。
「ええと、【ジョレス掘削鉱業はテラ標準歴で四年前にFC傘下のティエリー資源株式会社に吸収合併されており、現在は存在しない】って、どういうこと?」
「どういうことって、そういうことなんだろ」
「ガセを流したのは――」
「軍以外に有り得ねぇと思うがな。どうしてあんな現場に真っ先に別室の中ボスたるお前の上司が現れた? あのマル害夫婦に軍は目を付けていた、そうだろ?」
「うーん、そうかも。軍ねえ……あっ、発信だ」
シャンパンゴールドのリモータが震えだしていた。その音声発信を求める震動パターンはシドも聞き覚えたキンバリー=エアハート一佐からのものである。
「はい、ファサルート二尉です。班長、こんな時間にご苦労様です」
《やあ、ハイファス。シドときみが無事で何よりだったよ》
音声オープンの朗らかな声を聞いてシドは鋭くハイファを見た。ハイファは頷く。
「『無事で何より』、つまり予測され得るスナイプだったということでしょうか?」
《そうか……ハイファス、きみも刑事稼業が板に付いてきたようだね。その通り、今夜の狙撃はシードル=クラスノフとその妻マルタが計画したテロを防ぐために遂行されたのだ》
「まさか、シードル=クラスノフと妻のマルタって、あの長命系星系のリジヤ連盟に雇われたテロリストの、ですか?」
《ああ、あの暗殺者クラスノフだ。ここ二年ほど様々な企業役員の#隠蔽__カヴァー__#で暗躍していたが、やっと一昨日本星に潜入したのを見つけてね――》
対テロ課である中央情報局第六課から手配されつつ、随分長い間捕らえられずにテラ連邦内のあらゆる星系でテロ行為を行っていたクラスノフだったが、テラ連邦軍が執念で捕捉したときには既にテラ本星入りしていた。
それだけではない、シンパから手投げ弾を手に入れた上にオジアーナに潜入していたのだ。
《そこで我々はオジアーナの厨房員を買収し、クラスノフたちの料理に薬を混入した》
だがクラスノフは死ななかった。長命系星人の血が混じっているとも噂されている驚異的な生命力のお蔭かも知れない。仕方なく軍は保険でもあった第二の手段に出たのである。
《こちらとしても派手な殺人劇は望まなかったのだが、あそこで大量殺戮をさせる訳にもいかなかったからね。だがシドには悪いことをしてしまったようだ》
「用意したスナイパーの目からは、手投げ弾を手にしたシドがクラスノフの『保険』に見えてしまった、そういうことですね」
《ああ、そうだ。申し訳ないと伝えておいてくれ》
「分かりました。それで今夜の狙撃をしたスナイパーは誰なんでしょうか?」
それこそハイファにとって最大の関心事だった。けれど上司は言葉を濁した。
《失敗できない狙撃をハイファス、きみにこそ遂行して貰いたかったのだがね》
「本音は第三の保険として俺たちをそのまま配置した……そうなんだろ?」
《シドだね、声が元気そうでよかった。本当に申し訳なかったね。だが全ては『巨大テラ連邦の利のために』だ。許してくれたまえ、ではまた》
喋るだけ喋ってプツリと発信は切れる。シドはハイファをじっと見た。ハイファは肩を竦めたのち立ってコーヒーの残りをカップに注ぎ分けてから再び座った。
「クラスノフとその妻マルタはね、長命系のリジヤ連盟に最初は雇われてたんだけど、テロ行為をエスカレートさせすぎてリジヤ連盟からも手を切られちゃったんだよ」
多種人類宇宙の最高立法機関である汎銀河条約機構でも、長命系は二百年から五百年という個体寿命の長さで以て、特異なバイタリティを持つテラ系と双璧を成している。その長命系とテラ系は現在のところ特に関係を悪くしてもいないが、テラ系文化の流入を長命系は快く思っていないフシがあった。
そんな状況下でテラ系とリジヤの間で企業戦争が勃発し、それが高じてリジヤ連盟の政府高官がクラスノフたちを雇ったのが始まりだったのだという。だがリジヤに手を切られて野放しとなったクラスノフは、リジヤの看板を自ら掲げたままテロ行為を続けたのだ。
「ふうん。あんないい歳こいても引退できなかったんだな」
「引退したって汎銀河の何処にも安住の地なんか、ないだろうからね」
「それもそうだな。けど、ンな大物を殺ったってのに何でテラは公表しねぇんだ?」
「だってギリギリの水際作戦だもん。それこそ政財界・社交界の大物が勢揃いしたあんな場所にまでテロリストを潜入させたことがバレれば軍は叩かれる。牽いてはテラ連邦議会でも大問題になって何がどう悪影響するか分からない。だからだよ」
「なるほどな」
自分がディナー中に考えた『拉致して身代金』を思い出し、シドは納得する。
「貴方には災難だったよね、ごめんね。痛い?」
「痛くねぇよ。それに何もお前が謝ることはねぇだろ」
「ん。でもシドっていつも痛くないって言うから、分かんないんだもん。治りが遅くなるのと痺れて煙草を落とすからって、痛覚ブロックテープも使わないし」
「いいじゃねぇか、こんなことだってできるんだしさ」
と、クリスタルの灰皿に煙草を捨て、素早くアームホルダーまで外したシドはハイファの上体を抱き締めてキスを奪った。柔らかな唇を捩るようにして深く求める。
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