第60話・言葉は武器、命懸けで喋れ……って親父ギャグは極刑か

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第60話・言葉は武器、命懸けで喋れ……って親父ギャグは極刑か

 自分のオーダーを拒否され、シドは臍を噛む思いでアマリエットが小さな火炎を吐くのを見つめた。ハイファは先日の議会ビル襲撃での屈辱を忘れていないのだ。同じ戦法で今度はじわじわと真綿で首を絞めるように敵を追い詰め嬲ろうというのか。  そこでシドは視界の隅にエンプティケース、空薬莢が煌めき飛ぶのを捉え、慌ててスペアマガジンを手にした。合計七発を撃ってハイファはマガジンキャッチを押し、空になったマガジンをためらいなく床に落とす。素早くシドが渡した七発満タンのマガジンを叩き込んだ。 「敵、連射四発目……マグチェンジ」  呟いてハイファはまたも連射し始める。こうなるとシドはレーザースコープを覗く余裕などない。空のマガジンに弾薬を詰め込む作業を優先せねばならないからだ。  ソフトケースから弾薬の紙箱を出し、手早くマガジンに七発押し込むと、軽く叩いて後端を揃える。満タンにしたマガジンを手にやっとレーザースコープを目に押し当てた。 「ジンラット、何発目だ?」 「もう六発、また一発!」  フルロード五発でもプロならチャンバに一発を残す。全て空にしてマグチェンジをすると、ボルトを引いてチャンバに送り込む一手間が掛かるからだ。チャンバを空にしないタクティカルリロードを実行するなら、残りあと一発で再びのマグチェンジである。  そうシドが思った刹那、スコープ内で男のブルーの瞳と目が合った。  とうとう囮がバレたらしい。目が合ったままトリガを引かれる。そんなものをのんびり眺めている自分は相当拙いと思ったが、対衝撃ジャケットの腕を上げて頭を庇うヒマなどない。 「危ない、シドっ!」  右からハイファにぶつかられて尻餅をついた。半ばシドに覆い被さった状態のハイファは動かない。何があったのか状況が掴めず混乱しながら、シドは何よりも大事なハイファの躰をまさぐる。恐れていたぬるつきに手が触れた。  タキシードの右脇腹辺りが温かく濡れている。ジャケットを捲るとドレスシャツが真っ赤に染まっていた。 「ハイファ、しっかりしろ、ハイファ!」 「……ん、シド。大丈夫だから」  意外なまでのしっかりしたレスポンスにシドは僅かながら安堵する。若草色の瞳にも力があった。だが放置しておける怪我ではない。振り向くなり衛兵二人に叫ぶ。 「救急に発振、急げ!」  慌てて一人がリモータ操作し始めた。誰かと音声発信する声を聞きながらシドは床に跪くとハイファを抱き上げる。撃たれたショックからか細い躰は震え始めていた。置いていた二人分のコートを引き寄せ被せると、傷の辺りを強く押さえつける。 「くそう、血が……ハイファ」 「大丈夫だから、シド、それより敵を、追わなきゃ」 「いいからもう黙ってろ!」  それでもなおハイファは言い募ろうとした。仕方なくシドはレーザースコープを衛兵の一人に投げ渡す。この状況で敵機の確認など危険な行為だが、やって貰うしかない。しかし窓から覗いた衛兵はすぐに振り返って首を横に振った。それを見たハイファがまた口を開く。 「第八駐屯地隷下の、BEL部隊に、敵を追わせて」 「分かった、分かったから黙っててくれ」  だがシドは第八駐屯地司令のリモータIDを知らなかった。そこでライリー団長に音声発信して第八駐屯地への連絡を依頼する。快諾されて一旦通信をアウト。 「チクショウ、今度は俺が必ずミンチにしてやる!」  唸ったシドを見上げてハイファが吐息こそ荒くも冷静に言った。 「今度はないかも。宙港はカメラ・プログラム、それに敵はジンラットを使えない」 「頼むからお前は喋るな」  けれどハイファは口を噤む気配も見せない。 「貴方のヘッドショットを狙った弾が、こんなに下まで逸れた。マリカの言ってた現象が起こった。特殊弾薬に耐えきれなくなって、バレルが融け曲がったんだよ」 「だが八発まで保ったのは誤算、この寒さのせいかも知れねぇな」 「シュミット一尉が保たせたって云うべきかも。こっちを見つけるなり撃ち込んできた切り替えの速さといい、着々と実戦経験を積んでるよ。但し左肩に貫通銃創を負ってるから、まともな医者に診せなきゃ、現場復帰はかなり遠いことになりそうだけれどね」  どうやって減らず口を塞ごうかとシドが思案していると、ハイファがふいに目を逸らした。 「どうした、大丈夫か?」 「ん……ごめんね、シド」  唐突だったが何を謝っているのか、すぐにシドは思い当たる。スポッタの指示を無視して勝手な行動を取ったことだ。しかしこれに関してはシドもハイファを責められない。 「いや、俺こそすまん。お前がジンラットを潰そうとしてたのに気付いてやれなかった。それどころか鬼畜で外道な別室員で、ケチな上にとんでもねぇネチこい土鍋性格で、嬲り殺すのが趣味のシリアルキラー・サディスト野郎だと思い込んじまった。悪かったな」 「……」  鼻息も荒く憤然とハイファはシドを睨みつけたのち、やっと口を閉じた。テミスコピーを握り締めて。  ◇◇◇◇  自走担架を伴って駆け込んできた衛兵と医療班によって、ハイファはまず王宮内の医務室へと運ばれた。王族の治療もするという性質上そこは設備も整った好環境だったが、簡易スキャンと応急処置を済ませると、とっとと追い出されることになる。 「腹をぶち抜かれたんだぞ、もっと他にやることはねぇのか!」 「ですから内臓にも損傷はなく、見た目ほど出血量も多くありませんから」 「再生槽に放り込まなくてもいいのかよ?」 「必要ありません。まあ、心配ならこのあと病院でご相談下さい」  などというやり取りが行われ、麻酔で眠ったまま再び自走担架に乗せられたハイファと共にシドは乗ってきたレンタルBELに移動した。BELには既に衛兵らの手によって機材の類も載せられている。  シドが反重力装置を起動、医務室で指示されたドレッタ中央病院を座標指定してオートパイロットをオンにした。  いつの間にか降りだした大粒の雪が舞う中、BELはテイクオフ。 「雪、降りだしたんだね」 「何だよ、お前。起きてたのか」  リクライニングさせたコ・パイ席でハイファは若草色の瞳を見開いている。麻酔のせいだろうか、やや鈍い感じはしたが意識はハッキリしているようだ。 「すぐに病院だからな、まだ寝てろ」 「病院って言えば手配はしたのかな?」 「心配するな、別室に発振した。第八駐屯地司令にチョクで指令が下ってる筈だ」 「そっか。でもまだBEL部隊は敵を発見してないんだよね……」  あれから約一時間が経過している。最速BELなら二千五百キロは飛んでいる計算だ。近隣駐屯地も全面協力態勢に入っているが、半径二千五百キロもの範囲を探すのはかなり困難だと思われる。それにここは内紛中だ。ゲリラのフリをすれば通報せず診る医者もいるだろう。 「あとは宙港で引っ掛かるのを待つしかないかもね」 「再生槽入りして三日から五日ってとこか。こっちももう着くぞ」  BELがランディングしたのはドレッタ中央病院の屋上だった。救急機と並んで接地したBELからシドは飛び降りる。融けかけの雪にズボッと足が埋まった。  三階建てでドームもない屋上面は融雪ファイバ張りだが、機能が追いつかないらしい。滑らないよう気を付けながら回り込み、ハイファを抱き上げて慎重にエレベーターホールへと向かう。  たった十メートルほどで雪まみれ、足許もずぶ濡れにしながら屋内に入ると、そこには看護師二名が自走ストレッチャとともに待機していた。王宮から連絡を受けていたらしい。  ストレッチャにハイファを寝かせるとエレベーターで三階に下りる。処置室にでも行くのかと思いきや、そのまま病室に収容された。  二人部屋の三〇五号室に医師は待ち構えていて、ハイファは再び処置を受ける。 「ほうほう。貫通銃創とはいえ非常に運のいい当たり方をしてますなあ」 「全治どのくらいなんだ?」 「明日から三日間の入院と三日の安静というところですかなあ」  喋りながら医師は手際よく処置をしていく。傷痕が残らないよう再生液で洗い流して消毒、合成蛋白スプレーを分厚く吹きつけ、合成蛋白接着剤で傷を塞いで人工皮膚テープを貼り付けた。更に前後の傷の周りを囲むように痛覚ブロックテープを貼ると処置は終わりだ。
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