第62話・不良付き添いに難儀する気の毒な患者

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第62話・不良付き添いに難儀する気の毒な患者

「へえ、ビスナの町を軍が爆撃したんだ?」 「何だ、お前はビスナのことを知ってたのか」 「うん。アーデンの第一基地でこの星系のことは大概調べたから。爆撃までは知らなかったけどね。それで貴方は敵がビスナに潜んでる、そう思ってるの?」 「ああ。ゲリラのふりして潜入するなら最適だろ。BELなら十分もあれば辿り着ける。物資封鎖されてても軍が手ぇ出さない病院だってあるんだしさ」  だがハイファは首を傾げて反論する。 「でもゲリラの聖地だよ、軍が常に見張ってる筈じゃない?」 「確かにそうだが、雪の夜中にBEL一機を見逃すこともあるんじゃねぇか?」 「そうかなあ? 上空を飛ぶBELも多くなさそうだし航空交通局は見逃さないよ」 「お前、第三宙港宙港警備本部の課長の話を忘れたのか? 軍用・民間・ゲリラが入り乱れてこの星の航空交通局は機能してないって言ってたじゃねぇか」 「あっ、そっか!」  二人は顔を見合わせた。そこでシドはポケットの煙草を探りながら立ち上がる。オートドアに向かって歩き出した。だがその背にハイファの冷静な声が掛けられる。 「待って、シド。何処に行くつもりなのかな?」 「何処って、喫煙室に決まってるだろ」 「でも喫煙室に雪は降ってないと思う。何で防寒着が必要なのか、教えて貰えると嬉しいな」 「あー、それはだな……ちょっと風邪がぶり返したみたいで、寒気が、ゲホゴホ」 「ふうん、そう。じゃあ咳してる人は喫煙禁止ね」 「煙で固めておかねぇと脳ミソが耳から垂れてくるんだって!」 「シドっ! 独りでビスナの町に行ったりしたら、もう二度とヤラせてあげませんからね!」  この脅し文句は効いた。しおしおとハイファのベッドサイドに戻る。しかしいてもたってもいられないのには変わりなく若草色の瞳をじっと見つめて説得に掛かった。 「なあ、ちょっと様子を見てくるだけだって。往復三十分も掛からねぇんだしさ」 「常々単独はだめだって貴方が言ってるんじゃない。絶対に許しません」 「そう言うなよ。もういい加減に終わらせて本星に帰りたいとか思わねぇか?」  だがハイファは断固として首を縦に振らない。 「ゲリラの真っ只中に飛び込んで、テラ連邦軍人だってバレたら八つ裂きじゃ済まないよ」 「俺はいつから軍人になったんだよ? 大丈夫だって、パン屋の親父もゲリラと間違ったくらいだからな。それより煙草吸ってくる」 「だめっ! そのまま貴方、ビスナに行っちゃう気でしょ!」  今度こそ本当に喫煙室に行くつもりだったが、ハイファは対衝撃ジャケットの裾を掴んで離さなかった。怪我の心配もありシドは強引な手段に出られない。 「マジで煙草吸うだけだって!」 「じゃあ僕も行く。だめだって言っても聞かないからね」 「お前は寝てろって。そんなに俺が信用できねぇのか?」 「うん。貴方気分で動く人なんだもん。僕も行くよ。ほら、普通に歩けるし」  ベッドから滑り降りたハイファは靴を履くと、先に立ってすたすたと病室から出て行ってしまう。慌ててシドは防寒着のコートを掴み、あとを追った。  追いついてコートを羽織らせ抱き上げる。もう煙草など半ばどうでも良くなっていたが喫煙室は目の前だったので、取り敢えず入るとソファベンチにハイファを座らせた。  煙草を咥えオイルライターで火を点けるとハイファを睨む。 「無理するなよな、治るものも治らねぇぞ」 「貴方こそ無茶しないでよね。軍にビスナのことは伝えておくから」 「軍が入れねぇからこそ、俺が行くんじゃねぇか」  そこからはまた同じ問答の繰り返しだ。喋りながら器用にハイファは第八駐屯地司令に発振しビスナに敵潜入の可能性を告げる。だが軍にもどうしようもないのは分かっていた。 「ふん、気休めにもならねぇな」 「そう言わないで。どうしても見に行きたいなら僕も行くから。敵はたぶん再生槽入りしてる筈、三日は浸かるとして今がチャンスなのは僕にも分かってるんだからね」 「お前は無理だ。何ならお前も再生槽入りするか?」 「その間に貴方は消えるって寸法だね」  解決策を見いだせないままシドは煙をフルチャージしてハイファを抱き上げ病室に戻る。  互いに血が上り掛けているのは承知していた。アタマを冷やそうとシドはリフレッシャを浴びることにする。スタンダードなタイプの病室には洗面所にトイレやバスブースまで完備されていた。執銃を解いて着替えを手にバスブースに向かう。  ドライモードで適当に乾かしたクシャクシャの髪で出て行くと、ハイファは角度を付けたベッドに凭れてリモータの小さな画面を眺めていた。 「ンなもん見てないで、さっさと寝ろよ」 「違う、発振が入ったから。アーデンのマクナレン一佐なんだけど、武器庫に置いてあった弾薬を係の人が定期検査したら、二十二口径の特殊カートリッジが一発足らなかったんだって」 「ふ……ん、そうか」 「これで第一王子を狙った銃弾の入手先が割れたね」 「エーベル=シュミットが行方を眩ます前に持ち出したってことか?」 「そうとしか考えられないよ。トムスキーにスカウトされたあと、一旦基地に戻ってたみたいだね。弾薬庫じゃない、武器庫の在庫は僅かだから、たった一発で済んだって言うべきかな」  謎が解けてハイファはにこにこする。そんな男の凭れたベッドを問答無用でシドは平らにした。毛布を被せて細い躰を包むと唇を奪う。ごく軽く舌を差し入れ絡めた。 「んっ、ん……んんぅ……はあっ。シド?」 「もう日付が変わって二時間だ、怪我人は寝ろ。俺も寝るからさ」  頷いたハイファはベッドの片側に身を寄せ、空いた場所を指してみせる。どうやら一緒に寝たいという意思表示らしかったがシドは首を横に振った。 「怪我してるんだ、ゆったり寝ろよな」 「やだよ、そんなこと言って独りで出て行かれたら困るもん」 「大丈夫だって、心配するな。おやすみ」  愛し人の信用できない語録、『大丈夫』『心配するな』を聞かされてハイファは口を尖らせたが、シドは無視してもうひとつのベッドに上がる。毛布を被ってリモータで天井のライトパネルを常夜灯モードにした。そして手探りで枕許を確かめ、失態に気付く。  思わず窓際のベッドを見ると、仰向けになったままハイファは枕の下から巨大レールガンを出して振って見せ、また枕の下に押し込んで金髪頭を載せた。  溜息をつきシドはベッドを降りると着たままだったコットンパンツを脱ぐ。綿のシャツと下着だけになり、ハイファの左隣に潜り込んで珍しい右腕の腕枕を差し出した。 ◇◇◇◇  朝の検温に看護師がやってきたとき、既にシドは起きて身繕いを終えていた。  結構美人のナースはハイファの口に体温計の試験紙を差し込み、引き抜いて頷く。 「熱はないわ、顔色も悪くないし。朝食は八時に配膳されるから食欲があるなら何でも食べて。リフレッシャは明日まで我慢して頂戴。躰を拭いて貰うのは構わないわ」  一気に言うと忙しいらしいナースは去った。その淡いピンクの後ろ姿をじっと目で追ったシドはハイファの視線に気付いて咳払いする。 「ゴホン。あー、メシ食ったら、あとで躰は拭いてやるからな」 「そうですか、ありがとうございます」  誤魔化しきれない空気の悪さに閉口し、シドは遮光ブラインドの隙間から窓外を眺めた。まだ雪が降っていて、ドレッタの街は白一色の世界である。見ているだけで寒そうで、ブラインドをキッチリ閉め直すとパイプ椅子に腰掛けた。  沈黙に耐えること約二十分で壁のリフトにランプが灯る。シドが立ってリフトを開けると朝食のトレイがふたつ届いていた。ハイファがベッド付属のテーブルを準備し、シドがトレイを並べる。内臓疾患でもないので見た目はなかなか旨そうだった。手を合わせて頂く。  大きく切ったオムレツを口に放り込み、咀嚼し飲み込んでシド、 「ふあーあ、入院ってヒマだよな。寝るか食うかしかねぇし」 「あーたは入院しても、いつも刑期満了せずに飛び出しちゃうもんね」  と、ハイファは野菜のポタージュを上品にすくって飲んだ。 「これ美味しい。病院食とは思えないくらい、野菜の漉し方が上手だよ」 「ん、そうか? このベーコンも旨いぞ」 「ロールパンもあったかいし、バターの香りがいいね。シド、サラダも食べて」  言われて不得意な生野菜をモサモサ口に詰め込み、シドは酸っぱいドレッシングに顔をしかめる。紙パックのオレンジジュースで口直しすると、それも酸味が強くて口をへの字にした。  デザートの林檎に似ているが微妙に違う果物まで食してしまうと、トレイを送り返したシドは喫煙室に遠征である。レールガンを取り上げたハイファは快く見送ってくれた。  二本吸って戻ると直後に医師が回診に来る。 「ほうほう、経過は非常に順調ですなあ。若いと回復も早くていいですなあ」 「あのう、少し早く退院できないでしょうか?」  医師に訊いたハイファをシドも止めなかった。自分もこれだけ焦っているのだ、別室員のハイファはもっと焦っているだろう。それにまたも敵を逃がしてしまったのは、ハイファ自身が選択を誤ったからだと思っていてもおかしくはない。 「まあ、この分なら一日繰り上げて、明後日の朝には退院できるかも知れませんなあ」 「明後日ですか。分かりました、宜しくお願いします」 「では、お大事に」
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