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発奮する酒井さん
次の日のこと。
十二時のチャイムが鳴り響いて昼休みの始まりを告げるや否や、卵オヤジは隣の課から鼻息荒く僕の机へと歩み寄って来た。
そして、有無を言わさぬ勢いで、まるで僕の首根っこを掴むようにして引っ張って行った。
昼休みの度に一緒にソシャゲで遊んでいる隣席の同僚は、唖然とした表情をその顔に浮かべ僕が拉致られ行くのを見送っていた。
フロア中の誰もが僕と卵オヤジから目を逸らしているのが何とも心に痛かった。
押し込まれるようにしてエレベーターへと乗り込み、僕や卵オヤジの課がある七階から受付などがある一階へと下っていく。
「楽しみだな、卵の話!
きっと君も考え方が変わるぞ!
うん、良かった良かった、ホントに良かった!」
卵オヤジは上機嫌な口調で、まるでまくし立てるかのように喋り続けている。
放っておくと鼻歌でも歌い出しそうな上機嫌さだ。
エレベーターの中は半分ほどが人で満たされていて、そして誰もが押し黙っているので、興奮気味でまくし立てている卵オヤジは完全に浮いている。
ガキかよコイツと心の中で毒突きつつ、かと言って無視する訳にもいかないので、小声にて「そうっすか」などと素っ気なく答えを返す。
エレベーターの同乗者達から卵オヤジの連れだと思われるのは恥ずかしくてならなかった。
いよいよ一階に到着すると、卵オヤジは僕の腕を強引に引っ張って、同乗者達を掻き分けるようにしてエレベーターから出て行こうとする。
押し退けられた同乗者達の苛立ったような眼差しが心に突き刺さるようだった。
駆け出すようにしてエレベーターから出た卵オヤジは薄暗い廊下をツカツカと歩き、来客との打ち合わせ用の応接室に僕を押し込む。
部屋の灯りを手荒く点けた卵オヤジは座って待つようにと口早に告げてから、いそいそと応接室を出て行った。
応接室とは言うものの、そこに在るのは黒い合皮張りの安っぽいソファーセットくらいなもので、実に殺風景な設えだ。
卵オヤジに言われた通り、僕は一人掛けのソファーに腰掛けて奴が戻ってくるのを待つ。
一体どんな人がやって来るのだろうとの疑問が頭の中に浮かび上がってくる。
卵の話だから野暮ったい養鶏業のオッサンでもやって来るのだろうか?
あるいは、あの卵オヤジが連れて来るくらいだから胡散臭い中年男でも現れるのだろうか?
それとも電話をしながら矢鱈とペコペコしていたから萎びた年寄りでもやって来るのだろうか?
そんな思いを巡らせていると、応接室のドアが不意にガチャリと開かれた。
「ささっ、どうぞどうぞ中へ!」
卵オヤジの大袈裟なまでに嬉々とした声と共に、一人の男性が応接室へと歩み入って来た。
男性の佇まいに不意を突かれたせいか、僕は思わず席から立ち上がってしまう。
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