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昼休みを終えたフロアは、控えめなざわめきに満たされていた。
席に戻った俺に隣の席の同僚が話し掛けて来る。
「小鳥さん、昼休みにあの酒井さんと一緒に何処か行ってたんですか?」と。
その口調は嘲りめいた響きを纏っているように感じられてしまった。
昼休みの度に一緒にソシャゲをする彼のことが妙に腹立たしく、実に疎ましく思えてしまった。
苛立つ気持ちを宥めつつ、俺は机の引き出しからフェイスタオルを取り出して机の右隅にそれを敷く。
その上に齋藤さんから頂いた卵を恭しく安置する。
思わず両手を合わせ、その卵を拝んでしまう。
齋藤さんの掌の柔らかさや暖かさが脳裏にて鮮やかに蘇る。
『卵の奴隷』だと告げて貰ったときの悦びが心を満たし始める。
そんな俺の気持ちに水を差すかのようにして、同僚はソシャゲのことについてせわしなく話し掛けてくる。
もう、五月蠅くて五月蠅くて仕方なかった。
ソシャゲのことなど最早どうでも良かった。
俺には卵があればいい。
卵だ卵、俺には卵が必要なんだ。
卵以外の余計なことを考えさせるな!、と俺は心の中にて絶叫する。
俺は、意を決した。
右の拳を握り締めて同僚へと呼び掛ける。
その声は、今までに無いくらいに大きく、そして荒立っていた。
固く握り締めた拳が細かく震えているのが自分でも分かった。
同僚は呆気に取られたような表情をその顔に浮かべ、俺をまじまじと見詰めていた。
フロア内がしんと静まり返るのが分かった。
視線が一斉に俺のほうへと向けられるのが肌で感じられた。
それに構うことも無く、俺は拳を振り上げた。
(終)
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