憂鬱なる小島くん

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ふと気が付くと、僕の背中は壁際に置かれた冷蔵庫の扉に押し付けられていた。 卵オヤジの暑苦しさに気圧されるようにして、知らず知らずのうちに後退りしていたようだった。 卵オヤジは前触れもないままにその右手を伸ばして僕の左肩をガシリと掴む。 僕は思わず「ヒッ!」と情けない声を上げてしまう。 僕を捕えた卵オヤジはツルンとしたその顔にニヤリとした笑みを浮かべつつ、こう問い掛けて来る。 「それでだ。例の件だが、明日の昼は大丈夫か?」と。 卵オヤジのツルンとした顔が、何時の間にか息がかかってしまうほどの近さまで迫り来ている。 吹き掛けられる息はじっとりと生暖かく、仄かに硫黄のような臭いを帯びている。 思わず怖気(おぞけ)が走り、うっすらとだが吐き気が込み上げてしまう。 卵オヤジはその顔を更に寄せ、囁くようにこう口にする。 それがさも秘密めいた事柄であるかのように。 「一昨日に説明した『卵の話をして下さる方』のことだけど、急にキャンセルが出て明日の昼は都合がいいそうだ。 ついさっき連絡が入った。 君、ホントに運が良いぞ! 普通なら半年待ちだからな。 明日の昼でいいな? 大丈夫だな?」 吐息がその荒さを増しながら迫ってくる。 硫黄臭くて生暖かいその吐息を間近から吹き掛けられていると、意識が遠のきつつあるような思いすら抱かされてしまう。 卵オヤジは畳み掛けるかのように問い掛けてくる。 「どうだ、大丈夫か? 大丈夫だよな? 大丈夫だとお伝えするぞ?」 最早、目眩すら感じつつあった僕は、ついつい頷いてしまう。 不承不承といった感じを醸していたつもりだったけど、それはまるで通じなかったようだ。 「よし!」と小さく叫んだ卵オヤジは、僕の肩から離したその手にてスーツの胸ポケットからスマホを取り出す。 丸みを帯びたその背を僕に向け、何処へと電話をかけ始める。 電話は直ぐに繋がったようだ。 「あ~、酒井でございます。 いつもお世話になっております。 はい、はい、はい、そうですそうです、例の件です。 先程ご連絡頂いた通り、明日の昼でお願い致します。 はいはいはい、どうぞよろしくお願い致します。 それで、手順などは如何致しましょうか?」 卵オヤジは矢鱈とへりくだった口調で、その頭をペコペコさせながら話をしている。 話の相手はきっと『卵の話をして下さる方』なんだろう。 話の内容は明日の昼のことなんだろうし、それに僕も巻き込まれるに違い無いんだろうけれども、まるで他人事にように思えてしまっていた。 卵オヤジの圧や口臭からようやく解き放たれたせいか、半ば放心状態に陥っていたのだ。 明日の昼間は隣の席の同僚とソシャゲで遊べないのか、折角新しいイベントが始まるのに残念だなと、ぼんやり考えていた。
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