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勇躍する小鳥くん
酒井さんがスーツケースを折り畳む「パタン、カチン」といった音が聞こえてくる。
ふらつきながら立ち上がった俺は、齋藤さんに今日のお礼を告げていた。
そして、食べさせてくれた卵料理は一体どこから取り出したのかと尋ねた。
齋藤さんはあのスーツケースから取り出したんですよと笑いながら答え、続けてこう説明する。
「あのスーツケースの中に色々と仕込んであるんですよ。
電子レンジや湯沸かし、電熱ヒーターや冷蔵庫。
そして、それらを動かすためのバッテリーとかですね。
だし巻き卵は予め調理したのを専用のケースに入れていて、それを酒井さんが電子レンジで温め直してくれたんですよ」
そうだったんだと感心しつつ頷く俺に対し、齋藤さんは優しげな口調でこう語り掛けてきた。
「今のその気持ちを忘れないでくださいね、小鳥さま」
はいと答えた俺は、左手に在る齋藤さんから貰った卵をそっと握り締める。
まだ齋藤さんの掌の熱が残っているかのように感じられた。
「齋藤さん、今日はありがとうございました!」
酒井さんの声が響く。
幾度も頭を下げながら、酒井さんは齋藤さんの元へと黒いスーツケースを引っ張って来た。
「酒井さん、今日はご苦労様でした。
素晴らしいアシストで大変に助かりました。
またよろしくお願いします」
スーツケースを受け取りつつ労るような口調でそう告げた齋藤さんは、酒井さんに深々とお辞儀をした。
酒井さんはいそいそと応接室の出口へと歩み寄り、ゆっくりとドア開ける。
齋藤さんは出口に向けて歩みを進めながら、俺にこう声を掛けてくれた。
「それではまた、小鳥さま。
今日は貴重なお時間を割いて下さりありがとうございました」
俺は頭を下げて齋藤さんを見送る。
言いようのない寂しさが胸の中を満たしていくのが分かった。
鼻の奥がツンと痛くなるように思えた。
チャイムが鳴り響いて昼休みの終わりを告げる。
「ほら、急げ!
もう午後の仕事が始まるぞ!」
口早にそう告げた酒井さんは、壁のスイッチを勢い良く叩いて応接室の照明を消してからそそくさと出て行った。
夢から急に醒めたような気分を抱きつつ、俺も酒井さんを追うようにして応接室を後にした。
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