第39話

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第39話

 雑居ビルであるサンエイ第一ビル十階にある空きテナントに京哉とオルファスが駆けつけた時、まだSAT突入班も到着したばかりだった。  当然ながらまだ突入班長の指示も出されておらず、スナイパーのジョーイ=逆井も医療機関に搬送される前で、右手から肩まで都合四射も浴びてずたずたにし、気を失っていた。  そんな逆井に近づいた京哉はいきなり胸ぐらを掴み上げて左右の頬を張り飛ばす。それでも目覚めないので引きずって部屋の隅の洗面所に頭を突っ込ませ、水道を捻った。すると真冬にエアコンもない部屋で冷水を浴びせられて逆井が目を見開いた。  起きたのを知って放り出すと懐からシグを抜いて鼻先に突きつける。 「貴方を雇った人物とオルファスを狙っている人物の名前を教えて」 「おっ、俺は……言ったら殺され……あうっ!」  問答無用で京哉は逆井の大腿部を撃ち抜いていた。周りにいるのは泣く子も黙るSAT隊員だがマル被に対する拷問を目にしながら誰一人として京哉を止めることはできず、ただ息を詰めて見守ることしかできなかった。  当事者のオルファスですら割って入れないまま、京哉はごく静かな声で逆井に迫る。 「これが最後のチャンス。教えて」 「お、俺は柏仁会の若頭補佐にカネを貰って……リンドル王国の皇太子を狙っているのはたぶんリンドル王国の防衛大臣だって、その若頭補佐が言っていた。本当だ!」 「じゃあ今夜オルファスを何処につれて行く予定だったんですか?」 「そんなことまで俺は聞いて……ぐはっ! 本当なんだ、信じてくれ!」  それ以上の弾薬の浪費を止め、京哉は逆井に背を向けた。携帯で本部長に連絡を取りながらオルファスと共にエレベーターで降りるとビルから出て、黒塗りに載っていたDSR1を持ち出し目についた覆面パトカーの一台に狙撃銃を放り込んで乗り込む。  ステアリングを握り助手席にオルファスが滑り込むと、京哉はパトライトと緊急音を出した。  すぐさま走り出して向かったのは本部長経由で組対から聞いた柏仁会の若頭補佐の居所だ。それは幸いと言っていいのか殆ど空になったという事務所だった。最高司令官は槙原会長かも知れないが、今回の仕事は若頭補佐が仕切っているようである。  だが当の若頭補佐がいる以上、手下もある程度は残っているに違いない。 「ヤクザの事務所に乗り込むとは鳴海、それは殴り込みと言うのではないか?」 「業界用語でカチコミとも言いますね」 「なるほど。して、俺も参加表明していいのか?」 「ヤクザを見たかったんでしょう? あ、得物は自分で調達して下さいね」 「ふむ、そうきたか」  緊急走行する覆面は高速に乗り、一区間で降りて白藤市駅近くの繁華街に乗り入れる。柏仁会の事務所は幾つもあるが、目的の事務所は繁華街でも外れにあった。近づくと緊急音を止める。警戒されて逃げられては元も子もない。  まもなく事務所前に到着し、京哉は降り立って五発満タンにしたDSR1を手にした。そうして眺めると、それこそカチコミ防止か窓もない事務所は『パラダイスホテル』なる小さなラブホテルの一階に入居する形で建っている。こういったホテルを企業舎弟として持っていると色々なシノギに使えて便利なのだろう。  隣を見るとオルファスも物珍しそうに事務所を眺めていた。ネオンが光っているのが嬉しいのかも知れない。 「いいんですか、命懸けって分かってます?」 「そなたたちばかりを危険に晒す訳にはいかん。鳴海、早くゆこうぞ」 「じゃあ、三、二、一……お邪魔しまーすっと!」  事務所のドアノブを回すこともせず、京哉はドアの上下の蝶番にDSR1をぶちかました。外れかけたドアを蹴り倒して押し入ったが、監視カメラで見ていたのか、途端に銃弾が降り注いできて目前のデスクの下にオルファスを蹴り込む。同時に有効射程が千四百メートルのマグナム・ライフル弾を叩き込み、三射で五人を倒していた。  その勢いに恐れをなしたか、腰の引けた残り三人の右肩にシグの九ミリパラを食らわせるのは簡単だった。藻掻く男の一人にオルファスをつれて行く予定だった場所を聞く。 「コンスタンスホテルだ……部屋までは分からねぇ」  それだけ聞けば用はない、身を翻して事務所を駆け出ると覆面に飛び乗った。DSR1をまたフルロードに戻し、シグのマガジンチェンジをしてから京哉は覆面を発車させる。 「若頭補佐にも話を聞かなくてよいのか?」 「そんな面倒はあとで誰かがやりますよ。今は忍さんの救出が最優先です。国内での大物だけに身代金目的でない今回は消される可能性が高いですから」 「涼しい顔をして、もしかしてそなた、ものすごく怒っていないか?」 「当然でしょう。忍さんと僕は誓ったんです、『一生、どんなものでも一緒に見てゆく』って。『一生、同じ長さ生きてる』って。あの人がいない世界に僕は用がありません」 「そうか。素晴らしい伴侶を得たのだな。羨まし……うわっ!」  バシッと音がしてリアウィンドウが白く濁っていた。銃撃だ。次弾で強化ガラスが粉々に割れて素通しになる。二人して頭を下げたところでオルファス側のヘッドレストが爆発的に緩衝材を飛び出させた。次々と撃ち込まれてフロントガラスまでが砕け散る。 「これはたぶん若頭補佐のお礼参りでしょうね」 「そなたの胆の据わりようは見習うべきものがあるな」  言いつつオルファスは本当に先程のカチコミで調達したらしいハンドガンを後方に向けて撃ち始めた。二射を放つと暫し銃撃が止む。  その間に京哉は覆面をコンスタンスホテルの前に横付けしていた。
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