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第38話
ガンメタリックのワンボックスカーに乗せられた霧島は、三列シートの真ん中でドライバーを含め五人の男に囲まれた。カーテンを閉じた車内で左隣と背後から三つの銃口を向けられながらずっと俯いていたが、海岸通りを走り始めてから左隣の男が声を上げた。
「あっ、兄貴! こいつ、例の外国の皇太子と違いますぜ!」
「何だと? チッ、こいつは霧島の跡継ぎじゃねぇかい!」
バレた以上は無駄だと思って顔を上げた。オルファスが荷物持ちをしていただけでなくメディアに露出した際の霧島は常にスーツ姿だったのもあって、この男たちは単純に間違えたのだろう。だが車は速度を落とすことなく走り続けた。
「どうするんですかい、兄貴?」
「こんな大物、その辺に捨てる訳にいかないだろ。予定通り目的地までつれて行く」
「大兄貴に叱られますぜ?」
「そんなこた分かってる! お前も小指の一本や二本、トバす覚悟しておけ!」
ここで『予定通り』に霧島は缶チューハイを「飲め」と突き付けられた。肴は茶色い瓶に入った白い錠剤である。得体の知れない薬物に警戒したが、人違いして小指まで落とされる覚悟のチンピラたちはテンパっていて、今度は間違って銃のトリガを引きかねない状態だ。
仕方なく霧島は錠剤を一粒ずつ口に入れてはチューハイで飲み下し始めた。
缶チューハイなどという安酒は初めて飲んだが酷く不味い。妙に甘ったるいし冷えてすらいなかったのが不満だが、それを今訴えるのは拙い気がして黙っていた。
なるべく時間をかけて錠剤を口にしたが、横から銃口でせっつくチンピラのお蔭で白藤インターチェンジを降りる頃には小さな瓶の中身はなくなっていた。目隠しもされないので何処を走っているかは分かる。
これも時間をかけてグルグルと白藤市駅付近を走り回ったのち、地下駐車場に入って車は止まった。どうやら目的地に着いたらしい。
車二台から五人が降車し、霧島を囲んで降ろした。
地を踏んでみてふわりとした感触に、霧島は初めて思考より躰に薬が効いているのを知る。おそらくあれは睡眠薬か精神安定剤の類だろうと推測した。そう思いつつ銃口を意識させられて自力で歩き、六人でエレベーターに乗る。
エレベーターで上がったのは、ビジネスホテルのチェーンであるコンスタンスホテルだった。先に男二人がチェックインし、次に霧島がもう一人と共にチェックインさせられる。最後に残り二人がチェックインを終えると、どうやら部屋はチンピラたちの思惑通り連番で取れたらしい。
六人でエレベーターで取った部屋がある三階に向かった。
「ほら、しっかり歩け!」
「飲みすぎだろう、兄さんよ!」
わざわざ声を張り上げているのは監視カメラを意識しているのだろう。証拠を突き付けられても『飲み屋でたまたま一緒になった』くらいの言い訳で済む。その頃には霧島も歩くのがやっとの状態だった。気付くとエレベーターから降りて両側から支えられている。
「貴様ら、私を、どうする、つもりだ?」
「そいつは俺たちにも、まだ分からねぇ。大兄貴に訊いてからだ」
チェックインしたのが何号室かも記憶に残らないまま、霧島はツインの部屋につれ込まれ、ソファに投げ出された。本当はベッドに倒れ込みたいほど眠たかったが、普段から培った鉄面皮を維持して手洗いに行く許可を得る。
手洗いで錠剤を吐けるだけ吐いたが、溶けやすい錠剤のようで成果はあまり見られず仕方なく部屋に戻った。
すると『大兄貴』の指示が降りたのか、今度はウィスキーを押しつけられる。
「霧島さん。あんたは今夜、ここで酔った挙げ句に自殺するんだ」
「ああ? 私が自殺だと?」
「そうだ。世の中の全てが嫌になって、その懐の銃で頭を撃ち抜くんだ」
「私が自殺をしたと聞いたら、私を知る人間の九割八分は笑い飛ばすぞ?」
「そんな人間ほど分からねぇもんだぜ? まあそういうストーリーだ。飲め、ほら」
示されたウィスキーを改めて見て缶チューハイの時よりも霧島は腹を立てた。ウィスキーまでがお粗末な安物だったからである。死の間際にこんなものを選ぶような男だと思われたことに対して猛烈な怒りを覚えていた。
だが五人から銃口を向けられての抵抗は、それこそ自殺の一形態でしかない。怒りと一緒にウィスキーをちびちびと飲み始める。
やがて冷たい感触で気付くとこめかみに銃口を押し当てられていた。
目を動かすと銃は自分のシグ・ザウエルP226である。目前のロウテーブルには空になったウィスキーと睡眠薬の瓶が並べて置いてあった。
道具立ても完璧だな、などと思いながら男が撃鉄を起こす音を聞いた。
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