晩夏

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 まだ話しかけてもいないし、私が彼の視界に入っているかも分からないのに、鼓動は速さを増していく。  よ、と軽く男子に挨拶をし、一人この輪から遠くにいて斜め下を見ている大好きな彼、涼太(りょうた)の隣に立つ。 「浴衣、着てこなかったんだ」 「そんな約束してねえし」 「確かにそうだけど」  お前も着てないだろ、って言葉を少しだけ期待していたんだけどな。  私たちの会話は、ずっとこんな感じで。  涼太が口下手ということもあって、いつも会話を続けようとしない返事ばかりする。だから唐突に会話が終わるし、私はもっと話したいのになって思うも、私の結局は会話下手だからなかなか話を切り出せなくて、いつもこうやって隣を陣取ることしかできない。  もう少し勇気を出して、浴衣を着てこなかった理由を涼太にこっそり伝えようとした時、涼太は一歩、二歩と私の隣から移動して友人たちの輪に入って行った。  しかも、たまたま白い浴衣を着た夏美の隣に立った。  それに気づいた夏美は、軽く挨拶をして体ごと涼太の方に向けた。 「涼太くんの私服姿、初めて見た」 「そう……だっけ?」 「そうだよ。新鮮だし、すごく似合ってるよ」 「……どうも」  ぎこちなくお礼をいう涼太に、「今日は楽しもうね」と笑みを浮かべながら言った夏海に、涼太は「うん……」と生返事をした。  相変わらず、あの子が苦手なんだな、と思って安堵の溜め息を心の中でつく私。  夏美と話すといつも間が出来るし、気まずそうに顔を背けたリ俯いたりする。さっきだって、一度も彼女の目を見たりしていなかった。  夏美以外のみんなは1年からの付き合いだけど、夏美と涼太を含めた男子たちは3年からの付き合い。だから間が出来てしまうのも、二人の間に気まずい空気が流れるのも仕方がないと言えば仕方がない。  単純に、私の方が涼太と仲がいい。  だから夏海のことを下に見てしまっている自分がいる。  そんな自分が少し醜く見えるのは、どうしてだろう。 「じゃあ、行くか。あと少しで花火始まるし」  男子の一人がそう言うと、涼太はその男子の隣に移動して歩き始める。  ただ、私もまだ、涼太と目が合っていない。  心の中で「涼太」と名前を呼んでも、当然涼太は振り向いてくれない。スタスタと私を置いて歩き進んでいく背中を少し切なげに眺めていると、視界の端で夏海が私を手招きしていた。 「葉月?」 「あー……ごめん。今行く」  私は涼太に関心を向けられたいだけなのに、名前を呼ばれたいだけなのに。その本人は私なんか気にしないで男子の友人と笑い合っていて、少し腹が立った。  眉間にしわを寄せて夏美のところへ走っていくと、私に気を遣ってなのか「今年はどんな珍しい形の花火が上がるんだろうね?」なんて、あどけない笑みを浮かべながら言った。  花火なんて、正直どうでもいい。なんて言えないから「ね」と、無理やり笑顔を作って返事をするしかなかった。
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