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その後、悠は中学卒業まで1年ちょっと我慢した。おとなしく真理の言うことを聞くふりをしてひたすら『うん、うん』って返事しただけ。無視されたという真理の怒りの大嵐が時々吹き荒れたけど、少しの間耐え忍べば嵐は通り過ぎた。
高校は少し遠いけど、男子校にしてすっきりした。真理にはどうしてってうるさく聞かれたけど、『じいちゃんの母校に行きたかったから』で通した。
大失敗だったのが、大学だ。親が家から通える大学だけ進学許可すると言うので、真理にはなるべく志望校を隠していた。それに甲北大学は真理の偏差値ではちょっと無理らしいと聞いていたから、悠は安心していたのに、真理は同じ大学の同じ学部に受かってゼミまで同じにしてきた。
案の定、真理は大学でも悠に付きまとった。悠は、中学の時以来の得意のスルースキルを発揮してスマホゲームをしながら、適当にウンウンって相槌を打って真理の話に付き合った。
でも去年、学祭でミス甲北に選ばれた真理に告白する男が増えてから、真理は付け上がってきて悠のスルーにイライラし始めたようだ。多分、悠ごときに軽くあしらわれているのがミス甲北のプライドを傷つけたんだろう。崇拝者達を侍らして悠をちらちら見るようになった。でも、悠には全然効かない。
同じゼミにもう1人ミス甲北――佐藤萌――がいる。去年の学祭で真理と同率1位でミスコンに優勝した。彼女も真理と同じで自分の外見に自信があって気も強くて悠はちょっと苦手だ。真理と同類同士、犬猿の仲らしい。
その萌が最近、ちらちら悠を見ているのに悠も気がついた。最初は自意識過剰かと悠は思っていたけど、向こうから実際に接触してきて驚いた。
ある日、悠は萌に呼び出されて大学最寄りの駅前のムーンバックスへ行くことになった。さっさと終わらそうと思って、本当はバイトの日じゃなかったけど『バイトで忙しいから時間があまりない』って言ったら、『時間あるんじゃないの?!』と切れられた。悠はそんなことを一言も言っていない。勝手に待ち合わせ場所と時間を決めて、萌は悠に口を挟む間もくれなかったのだ。
その話の後、悠が萌に何を言ってもどんどん機嫌を損ねていくばかりで、どうしてなのかわけが分からなかった。
しまいには口論になって萌がムーンバックスを飛び出して行ってしまったから、彼女が何を言いたくて悠を呼び出したのか理解できずじまいだった。
「へ?! 何でそんなに怒るんだろう?!」
悠がふと我に返ると、周囲の目が痛かった。カフェで勉強をしている面々からは『うるさい』、『こんな所で痴話げんかするな』、その他のお客さん達からは『へぇ……女の子を泣かせるんだ』というような白い視線が悠の上に降り注いだ。悠はいたたまれなくなってすぐにムーンバックスを出るしかなかった。
家に帰っても、悠はさっきの萌のことが気になって仕方なかった。
「勝手に呼び出しておいて何の用事だったかも言わないなんて……佐藤さんもやっぱり真理と同じなのかぁ……はぁ~、女ってめんどくさい」
でも萌が泣きそうになっていたのも、まぶたの裏に焼きついてしまってどうしようもなかった。
「何かまずいこと言っちゃったのかなぁ……でもさ、あっちが俺の都合も考えずに勝手に呼び出したんだから、そんな感情を持つ必要はないよな? そうだよな?!」
悠は自室でそう呟いたが、もちろん何の答えも返ってこない。なんだかもやもやして気になるばかりだった。
「わざわざ呼び出して何の用だったんだろう? ま、まさか、俺のことが好き?! えっー、ま、まじに?! わーっ!」
悠は照れ隠しで枕に顔を押し付け、ベッドの上でゴロゴロと何度も転がったが、ハッとして動きを止めた。
「そ、そんなわけ……ないよな?!」
悠はベッドの上であぐらをかいて壁に向かってブツブツ言い続けた。そうしたら、隣の部屋の由香にまで聞こえていたみたいで、壁をバンバン叩かれた。何か叫んでいるみたいだったけど、どうせ『うるさい』って言っているだけだと悠には予想がついている。由香はちょうどテスト前でイライラしているみたいだった。
調子のいいことに、その日を境に萌への苦手意識を悠はすっかり忘れてしまった。それどころか、萌が気になる存在に昇格したのだ。
後日、悠が萌と2人きりでムーンバックスに行ったことを真理はなぜか知っていた。もし知ったら、うるさく聞いてきて大変だろうなと悠が覚悟していた通りだった。
「どうして俺の交友関係……まあ、佐藤さんは俺の友達じゃないけどさ、いちいち真理に報告しなきゃいけないんだ? 真理は俺の恋人でもなんでもないのに? でも仮に恋人同士だとしてもいつもそんなことを報告しないといけないのは息苦しくてゴメンだな」
お決まりの独り言を悠が自室でブツブツ言っていたら、また隣の妹の部屋から文句が飛んできて悠は閉口した。
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