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夜を駆ける
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真昼の夏の熱気は冷めることを知らず、まとわりつく様な湿気をいまだに含んでいる。
双天町の夜を、二つの影が空に舞う。
前方は軽やかな身体能力の小さな少年の姿。後方に続くのは時折足取りがおぼつかない若者の姿。
「おーう、陽坊。少しは黒ちゃんのこと使いこなせるようになってきたか?」
振り返る少年は狐の面をつけている。
景気よく『SOIYA!』とプリントされたシャツにハーフパンツという部屋着の恰好と裸足に下駄。
ふわっと重力と音を感じさせない跳躍で、民家の屋根を忍者のごとく渡っていく。
後に続くのは、少年とは違い自分の体重で他所の家の屋根を壊してしまわないかと心配しながら進んでいく。若者の顔には黒鬼の面をつけていた。
【追】と背中に縫い取り紋が記された漆黒の長羽織が、風に揺れる。
「はぁ、とにかく凪さんについていくのがやっとですが」
「おいおいそれじゃー、一人前の追儺師になれねーだろ」
陽坊、と呼ばれた若者は丹生陽斗という。
訳あって彼は身内に秘密で夜の仕事をすることになった。
目前を走る少年は、夜来凪。
訳あって少年の姿をしている。
そして今の所、陽斗の師匠であり、介錯人でもあった。
「大事に育てた黒ちゃんだって、陽坊に預けたんだぜー」
黒ちゃん、とは陽斗が身に着けている黒鬼面のことだ。
つくもがみ、と呼ばれる類の呪具である。
育てた者の技術や経験が蓄積されているのだ。
『追儺師』として必要な能力を瞬時に身に着けることが出来、先代の持ち主であった夜来凪は追儺師屈指の能力を自負している。
「それは分かっています。凪さんのためにも黒ちゃんにも恥はかかせないように努力します」
――いやぁん、そんな熱烈なこと言われて、俺ちゃん惚れちゃうぅぅ!
ちなみに、意思を持っており、よくしゃべる。
「かーっ、畳と女房は新しい方がいいってか? ヒドイっ! 昔あんなに尽くしてやったのにっ!」
主人であった凪の性格が色濃く受け継いでいるせいか、喧しいのが二人いる様でとにかく騒がしい。
「ところで、今日の見回りはこれで終了ですか?」
時刻は丑の刻参りというに相応しい深夜。
眠った人々の意識が抜け出し、無意識に邪鬼が活発に動き出す時間帯だ。
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