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35.再会と約束
林間学校が終わって、ハムアキラは亜由美ちゃんを探してくれている。その間に、私も颯真君と一緒にあの研修施設で起きた事件や事故がなかったか調べ始めた。あの場所に亜由美ちゃんが居たってことは、きっと何か関係があるかもしれないから。
でも家でタブレットで検索しても、何も出てこなかった。颯真君も調べてくれているみたいだけど、そちらも手がかりなし。
「何もないってことは、事件になるようなことは起きなかったんだよ」
颯真君が励ますように言ってくれるけど、それ以上はできることはなくなって、ハムアキラ待ちだ。
それは、六月に入った雨の日だった。
「ただいまー」
帰宅して部屋の扉を開けると、ハムアキラが大ジャンプで飛びついてきた。
「心晴、わかったのじゃ!」
「ハムアキラ⁉ 危ないよ。何がわかったの?」
「あの少女の居場所じゃ。隣町の病院でずっと眠っておったみたいじゃ」
「えっ、どうやって調べたの……?」
「占って大体の方角を調べた後に、式神を使って様子を見に行かせたのじゃ」
式神って、陰陽師の使い魔みたいなものだと教えてもらう。その途中、ハムアキラのお腹がすごい音を立てて鳴った。
「たくさん力を使ったから、お腹が減ったのじゃ……」
「すぐにお菓子を持ってくるから待ってて!」
そっと机にハムアキラを置いて、台所に走る。両腕にありったけのお菓子を抱えて戻ると、ハムアキラはぐったりしていた。いつもならすぐに飛びついてくるのに、臥せったままのハムアキラに心配になってポテチの袋を開けて口元に持っていく。
「はい、あーんして。ポテチだよ」
「ありがとうなのじゃ……」
一口齧ったところで、ハムアキラはカッと目を見開いて、私が持っていたポテチを奪い取ると猛然と食べ始めた。
「こ、これは新しい味なのじゃ!」
「コンソメパンチだよ」
「聞いたことのない名じゃが、これは美味しすぎるのじゃ」
大袋を一袋食べきって、更にぽたぽた焼きの御煎餅も二枚食べて、ハムアキラはようやく落ち着いた。
その週の日曜日。私は、颯真君とハムアキラと三人で、バスに乗って亜由美ちゃんがいるという病院に来ていた。梅雨だから仕方ないが、空は雨が降りそうな曇り空だ。
「会ってもらえるかな」
「ひとまず行ってみなければわからないのじゃ」
「ここまで来たんだから、行くだけ行ってみよう」
颯真君とハムアキラに励まされ、病院の面会受付で申請を行い、面会カードを貰って病室へと向かった。緊張しながら表札を確認して、ノックの返事を待つ。
「どうぞー」
「失礼します」
中は個室で一人分のベッドとテレビ、パイプ椅子が置いてあった。枕元にカラフルなペンで寄せ書きされた色紙と、お人形が飾ってある。
「……え、心晴ちゃん?」
「…………亜由美ちゃん、だよね?」
ベッドに体を起こしていたのは、あの日、友達になった亜由美ちゃんだ。でも、会った時よりも痩せていて、大人びている。
「夢だと、思ってた……」
信じられない、けど、嬉しい。そんな顔で、亜由美ちゃんが涙をこぼす。
「……また、会えて、嬉しい」
「私も……」
気がつくと、私の頬も濡れていた。
静かに扉が閉まる音に振り向くと、颯真君が部屋を出て行くところだった。二人きりにしてくれたようだ。
涙が落ち着いたところで、亜由美ちゃんが笑ってティッシュを差し出してくれる。
「お互い、涙で顔がびしょびしょだね。ティッシュ、使って良いよ」
「ありがとう」
顔を拭いた後、亜由美ちゃんが言う。
「あれ、一緒に来ていた彼は? あの時一緒に居た人だったよね」
「そうだけど、亜由美ちゃんのこと、除霊しようとしてたから、気まずいのかも」
「そんなの、別に怒ってないから、入るように言ってよ」
颯真君を呼ぶと、居心地悪そうに颯真君が入ってきた。
「まずは自己紹介からしよっか。改めて、私は瀬川亜由美。年は十二歳。中学一年生だよ。二人にはあの時みたいに普通に話してほしいな」
「藤崎心晴、小五で、十歳です」
「土御門颯真。同じく小五です」
自己紹介を終えたところで、亜由美ちゃんが話し出す。
「颯真君には、御礼を言いたかったんだ」
「え、なんでですか?」
「あそこで君が私を除霊しようとしなかったら、私はずっとあそこに居たままで、こうして目覚めることができなかったから」
「えっ」
驚く私に、亜由美ちゃんは続ける。
「私ね、物心ついた時からずっと体が弱くて、運動会とか遠足とか行ったことがなかったんだ。でも、学年が上がってから体力がついたみたいで体調が上向いて、病院の先生から林間学校行っていいって許可が出たの。行けると思ってなかったから嬉しかったけど、それ以上に友達が出来るかもってすごく嬉しかったんだ」
亜由美ちゃんの気持ちは想像しかできないけど、自分が学校行事に何も参加できなかったらと思うと、とても悲しい気持ちになる。
「もちろん、クラスメイトは優しかったし仲良くしてくれたけど、あんまり学校に行けなかった分、その日あったこととか話すような気軽な話が出来る友達は居なくて、でもそんな友達が欲しいってずっと憧れてた」
転校してきたばかりの時の気持ちを思いだして、力一杯頷くと、亜由美ちゃんは少し笑ってくれた。
「けど、せっかく行けた林間学校一日目、楽しみにしすぎたせいか、発作が出ちゃって大騒ぎになって。みんなに迷惑かけて、病院に運んで貰ったんだけど、どうしても皆と一緒に過ごしたかったって思ったら、気がつくとあの場所に戻ってて、でも皆は私のこと見えなくて、ずっと一人で――」
辛いのか、それ以上言えなくなってしまった亜由美ちゃんの言葉を引き取って、颯真君が言う。
「そこで心晴ちゃんと出会って、友達になったんですね」
「普通に話して良いのに」
照れ隠しのように、亜由美ちゃんは口をとがらせる。
「これが僕の普通です。気になっていたんですが、なんで僕が除霊しようとしたら戻れたんですか?」
「幽霊って言われて、私、死んじゃってたんだって納得しちゃって。そりゃそうだよね。心晴ちゃん以外に見えないし、話もできないのに。本当は違ったけどね」
亜由美ちゃんは笑って続ける。
「颯真君の言葉で、こんな私でも心晴ちゃんは友達になってくれたのに、一緒に居たら良くないことになるみたいだって知って。せっかく友達になれたのに友達を傷つけるようなことはしたくない、ちゃんと自分が居るべき所に行こうって思ったら、気がついたら病院だったの」
「そうだった、の」
「うん。三年、寝たまんまだったんだって」
「えぇっ」
驚くけど、小学五年生の時に倒れてそれから今まで意識がなかったなら、そういうことだよね。
「お母さんとかお父さんが、すっごく泣いてて。心晴ちゃんにはもう会えないかもしれないけど、戻ってこられて、本当によかった。だから、友達になってくれた心晴ちゃんには勿論、颯真君にも御礼を言いたいなって思ってたの。
私のことは、これでいいかな。私も心晴ちゃん達に聞きたいんだけど、どうやって私が居る場所見つけたの?」
「私の友達が、一生懸命探してくれたの」
「そうなんだ。その人すごいね。私、今週になってからやっとこっちの病室に移って面会も普通に許可貰えたところだったから、タイミングまで良くてびっくりした。その人に、私の代わりに御礼を伝えておいてくれないかな。まだ、しばらくは病院に入院してないといけないから」
「わかった。もちろんだよ」
「それで、よかったら、心晴ちゃんのお友達とも、友達になってみたい」
「今度、話してみるね」
ハムアキラは私のポケットの中にいるけど、出て来る様子はない。だから、今はきっと難しいってことなんだと思う。でも、いつかは、ハムアキラも亜由美ちゃんに会ってくれる気がする。
話していたところで、看護師さんが顔を出した。
「あら、お友達が来てくれたの? 亜由美ちゃん、よかったね」
「検温ですか?」
慣れた様子で、亜由美ちゃんが看護師さんに聞く。
「あ、じゃ、私達はこれで失礼します」
迷惑をかけないようにと慌てて席を立つと、亜由美ちゃんが心細げにこちらを見る。
「また、会いにくるよ」
「いいの?」
亜由美ちゃんが目を丸くする。
「もちろん。だって、私達、友達でしょ?」
そう言うと、また亜由美ちゃんの目から涙がこぼれてしまって、私もつられて目が潤んでしまう。
「あらあら、では、もう少ししてからまた来ますね」
「ごめんなさい。大丈夫ですから」
急いで涙をぬぐい、椅子を畳む。
「またね、心晴ちゃん、颯真君」
亜由美ちゃんの声に見送られて、病院を後にした。
最寄りのバス停で降りると、空は夕焼けに染まっていた。
傘を持ってきたけど、結局雨は降らなかった。
「颯真君、今日は付いて来てくれてありがとう」
「気にしなくていいよ。僕も気になってたし。また次行くなら誘ってよ」
「ありがとう。心強い」
颯真君は頷いている。
「そうだ。帰りに、ペットショップに寄っても良い?」
帰る途中に、個人でやってるペットショップがあることに気が付いて颯真君に聞く。
「いいけど、何を買うの?」
「ん、ハムアキラに、ちょっとね」
まだ言ってはいないけど、回し車を買ってあげようと思っている。
そのために、貯めていたお年玉からお小遣いを持ってきていた。
「わしに? 何も頼んではおらぬが」
途端に、ハムアキラがポシェットから顔を出した。
「ん-、気に入るかはわかんないから、見てからどうするか決めようと思って」
でも、多分だけど、気に入る気がする。もし気に入らなかったら、ハムアキラが好きなお菓子を山盛り買ってもいい。
「ハムアキラも、今日はありがとう」
「いいのじゃ。心晴も、颯真もわしの子孫で友達じゃからな」
誇らしげに言うハムアキラに、ずっと胸を張って友達って言ってもらえるように頑張ろうと心の中で思って、ハムアキラを手の上に乗せる。
「どうしたのじゃ?」
「ううん。二人とも、これからもよろしくね」
そうして、夕暮れの帰り道を辿るのだった。
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