2.しゃべるハムスター

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2.しゃべるハムスター

 部屋に帰ると、机の上には小学五年生の新しい教科書が並んでいる。  ハムスターを学習机の上に置いて、明日の準備をもう一度確認していく。 「明日からもう学校かぁ……」  一学期が始まって一週間。まだ友達は出来ていない。  それというのも、お父さんの転勤で東京から福岡のマンションに引っ越してきたばかりだからだ。最初は自分だけの部屋が貰えると嬉しかったけど、仲が良かった友達とは離れてしまったし、クラスの人達は仲が良さそうに見えて、どう馴染んでいいのかわからない。 「友達って、どうやって作るのかな……」  ランドセルを閉めた、その時だった。 「ふわぁ、よく寝た」  可愛らしい声が聞こえた。 「え、なに⁉」  驚いて部屋の中を見渡した。お父さんはまだ帰って来ていないし、お母さんは台所に戻っている。私は一人っ子だし、隣の部屋の人の声かとも思うけれど、それにしては声が近い気がした。 「気のせい、かな?」 「ふむ、誰かおるのかの?」 「やっぱり、何かいるー⁉」  叫んだところで、顔に柔らかい塊がぶつかってきた。 「ふぁ⁉」 「うるさいのじゃ」  ぽとりと落ちてきたそれを思わず手で受け止めると、それは机に置いたはずのハムスターの人形だった。  状況に付いていけなくて、固まったまま手の中のハムスターと見つめ合う。 「……おぬし、千晴の娘か?」 「え、ウソ、人形がしゃべってる……?」  手の中の人形をひっくり返してもんでみる。でも、綿しか入っていないみたい。機械が入ってると思ったけど違うのかな。 「ややややめーーーい」  私がこねくり回したからか、ハムスターは手の中から無理矢理飛び出して、机の上に仁王立ちになる。怒っていてもハムスターだから全然怖くない。 「わしの名は安倍晴明(あべのはるあきら)」 「あべのはるあきら……? どこかで聞いたことはあるけど、誰だっけ?」 「何、わしのことを知らんのか⁉ 陰陽師の中の陰陽師。天才と言われ、わしの祈祷は都中で引っ張りだこだったのじゃぞ」  怪しいと思うものの、ふんすと鼻息荒く安倍晴明と言い張るハムスターは胸を張っている。 「で、そのご先祖様がなんでお母さんのこと知ってるの?」 「そりゃ、わしの子孫じゃからな」 「えぇ?」  本当だろうか。ご先祖様の振りをして私の事騙そうとしているんじゃないかな? 「まぁ、信じなくともよい。信じようと信じまいと事実は変わらんからな」  私の疑問を読み取ったようにそう言うと、ハムスターは続ける。 「それで、千晴の娘よ。おぬしの名は何というのじゃ?」 「私は、心晴。心が晴れるって書いて、心晴だよ。何があっても、心が晴れやかな気持ちで生きていけるような人であって欲しいんだって」 「なるほど。良い名じゃ」  頷くとご先祖様は机の上にある物を指さした。 「ところで心晴、あの袋には何が入ってるのじゃ? 食欲をそそるかぐわしき匂いがただよってきておるのじゃが」  ご先祖様が指さしたのは、ポテチの袋だった。食べかけだが、まだ半分ほど入っている。 「ポテチだよ」 「ポテチとな?」 「ポテトチップス知らないの? ジャガイモを薄く切って揚げてあるお菓子だけど、食べてみる?」 「くれるのか!」  わくわくした顔のご先祖様に、私は小さめのポテチを一枚つまんで差し出した。 「ありがたく頂戴する!」  そうした後に、人形ってお菓子を食べられないんじゃないかと気が付いた。  でも、心配はいらなかったみたいで、ご先祖様は小さな口でポテチにかじりついている。  パリッといい音が響き、味わうようにシャクシャクと言う音が響く。 「こ、これは! なんと美味な!」  もう然とポテチをかじりだし、代わりに頬袋が膨れていく。その姿はまるで本物のハムスターのようだ。一体、どうなっているんだろう。  あっという間にポテチはなくなってしまい、ご先祖様は小さな手を茫然と見つめた。 「しまった。味わって食べるつもりが……あまりにも美味しゅうて、我を忘れてしまった……」  しょげた様子があまりにも可哀そうで、私はもう一枚袋から取り出すと差し出した。 「もう一枚あげる」 「なんと! 誠、感謝する!」  ご先祖様が次の一枚にかじりついたところで、お母さんが呼ぶ声がした。 「心晴ちゃん、ご飯できたから手を洗ってきてー」 「じゃ、私は行ってくるね」 「わかったのじゃ」  ポテチに夢中なご先祖様を置いて、私は洗面所へと向かった。
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