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3.ご先祖様のあだ名
「あれ、ご先祖様?」
夕飯から戻ってくると、お腹をはちきれそうに膨らませたご先祖様がポテンと転がっている。側に落ちているポテチの袋を慌てて取り上げて見ると空っぽだ。
「わ、わたしのポテチが‼」
「す、すまぬ……あまりにも美味しゅうて手が止まらなかったのじゃ」
「確かに、美味しいけど……私のおやつだったのに……」
「本当にすまない」
しゅんとした様子のご先祖様に謝られて、怒るに怒れない。でも、私だってポテチは好きなのに。全部食べないでって言っておけばよかった。悲しくて、涙が溜まってしまう。
「そ、そうじゃ! ポテチの詫びにわしが心晴の願いを叶えてやろうぞ」
「ハムスターに、何ができるのよ!」
「言ったじゃろう。このように人形の体を借りてはおるが、わしは稀代の陰陽師、安倍晴明じゃぞ。我が子孫の願いの一つや二つ、叶えてみせよう」
「その陰陽師っていうの、よく知らないんだけど、そんなにすごいの?」
「な、なんと、陰陽師を知らぬとな?」
愕然とするご先祖様に、少し申し訳なく思いながらも頷いた。
「そうか……」
ふむ、とご先祖様は小さい手をあごにあて、どう言ったものかと考え込んでいる。
「具体的に何をする人なの?」
「星を読み未来を見通し、人々の心の安寧を保つために祈祷を行ったりもする。占い師のような者、と言ったらわかるか?」
「よくわからないけど、占い師ならなんとなくはわかるよ」
ご先祖様の話は難しい言葉が多くて、最後の部分しかわからなかった。
「ということで、心晴のために一肌脱ぐのじゃ。明日の吉凶から、開運方位、適職診断から相性診断まで、占った後にどう行動すれば願いに近づけるかまでサポートするぞ」
「あれ、動くのは私なんだ? ご先祖様が叶えてくれないの?」
願いを叶えてやろうなんて胸を張っていたのに。ご先祖様は頷いた。
「うむ。占いでは、願いを叶えるための指針を示すことしかできぬ。じゃが、願いを叶えるためにどうすればよいかを知り、実際に行動を起こすことで、自然と願いは叶えられよう。普通は占って終わりじゃが、特別に心晴には願いを叶えるまでサポートしよう」
真剣な顔で言うご先祖様に、私はうーん、と首を傾けた。
「でも、願い事なんてそう簡単に思いつかないんだけど」
「な、なんじゃと!!!」
ご先祖様は目を真ん丸にして驚いている。
「億万長者になりたいとか、無病息災で長生きしたいとか、何かないのか⁉」
そう言われても、いまいちピンとこない。
「人類共通の夢ではないのか? わしはそういう輩ばかり占ってきたぞ」
「あ、なら。ご先祖様の占いを教えてもらうのは?」
占いが出来たら、友達が出来るかもしれない。
「別に構わぬが、わしが作った占いでは、星の名を知り、動きを覚え、そしてそれがどんな神意を表すのか学ぶことになる。そうじゃな。陰陽寮で必ず読ませておった書物をまずは読んでもらうのがよいじゃろうか。ちなみに心晴、漢文はどの程度読めるのじゃ?」
「漢文? 何それ」
「漢文を知らぬのか……?」
「学校で漢字は習ってるよ!」
驚くご先祖様に、国語の教科書を取り出してぱらぱらと見せる。ご先祖様は食い入るように中を見た。
「ふむ、学ぶ内容も大分違うようじゃな。漢文とは、この漢字だけで作られた文章じゃ」
「ええー、そんなの見たことないよ」
「……言いにくいが、何十年とかかってもよいなら、わしも手伝うが」
あまりお勧めできないという表情で見てくるご先祖様に、私は慌てて断る。
「無理無理無理。違うのを考える!」
「うむ。それが良いように思う」
ご先祖様もほっとしたように頷いた。
けれど、そうなると、何を叶えてもらおうか。願いを叶えるために行動するのは自分だと思うと、あんまり無謀な願い事は言えないよね。
「あ、そうだ。ご先祖様が友達になってもらうのはどうかな?」
これなら、ご先祖様の気持ち次第で、私が行動する部分は少ない。それに、学校でお友達ができなくとも、家に帰ればご先祖様とお話できる。
「友達とは何じゃ?」
「え! 知らないの? 一緒にお菓子を食べたり、その日あったことを話したりするんだよ」
「うむ。わしの生きておった時代には『友達』などはなかったのじゃ」
「そうなんだ。あ、でも、お母さんとは?」
ご先祖様が入っているハムスターの人形は、もともとお母さんの物だ。
「わしが一方的に見守っておっただけで、心晴のように話をしたりはできなかったのじゃ」
寂しげに言うご先祖様に、私は自分の思いつきがますます良いような物に思えてきた。
「なら、ご先祖様が私の友達になってよ! あ、もちろん、嫌じゃなかったらね。嫌だったら、友達にはなれないし、他のお願いを考えるから」
ご先祖様は意外なことを言われたというように、目を瞬いた。
「嫌、ではない。むしろ、心晴はわしが友達で良いのか?」
「良いも何も、私が言い出したことだよ。じゃ、今から私とご先祖様は友達だね!」
「うむ。友として、よろしく頼む」
そしてご先祖様は何か気づいたように言う。
「ところで、ご先祖様はやめて欲しいのじゃ。友となるのじゃろう。わしの名を呼んで欲しい」
「わかった! じゃ、よろしく、ハムアキラ!」
「へ?」
ご先祖様が首を傾ける。
「心晴、わしの名は、晴明じゃ。晴れて明るいと書いて、晴明」
「うん、ハムスターの晴明で、ハムアキラ。ぴったりだよね」
「ななな、そんな、どういうことじゃ?」
「だって、友達はあだ名で呼ぶんだよ」
友達になるんじゃなかったのかな。ハムアキラは、なんだか困った顔をしている。
「…………名前は、百歩譲るとして」
はっと気がついたように、ハムアキラが私を見た。
「では、わしも心晴のことをあだ名で呼ぶのか?」
「うん。こはるんでも、はるるんでも好きに呼んでいいよ」
「こはるん……? はるるん……?」
「なに?」
返事をすると、ハムアキラは全身の毛を逆立てた。
「す、すまぬ! 無理じゃ!」
「えぇー、なんで?」
「どうしてもじゃ。そうじゃな。心晴と呼んでもよいか?」
「しょうがない。名前呼びでもいいよ」
「むぅぅ、なんか、悔しいが、しかし、背に腹は代えられぬ!」
なぜかげっそりやつれたハムアキラの様子が笑えてしまう。
「これで、ポテチの恨みはチャラだからね!」
「恩にきるのじゃ……」
元気のないハムアキラを手に乗せて、私は明日が少し楽しみになったのだった。
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