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 “きさらぎ駅”それは、数年前にインターネット上で話題になった都市伝説の駅。  ある男性が終電で寝過ごしてしまった時に、見知らぬ駅に着いてしまった。そこの駅看板には“きさらぎ駅”と書いてあり、昭和の時代にタイムスリップしたかの様なノスタルジックな風景と、誰もいない街の不気味な雰囲気。  一度足を踏み込むと二度とは帰れない、そんな話だった気がする。  仕事中の梶原 雅人(かじわら まさと)は、営業先のお客との会話でそんな話題が出た事があった。 都市伝説が好きな客で、荷物を納品する時には毎回一話ずつ都市伝説を聞かされる。 興味の無い話題に雅人はウンザリしていたが、取引先との関係を悪くしたくない雅人は仕方なく笑顔で聞いていた。 「どうだ?中々良くできた都市伝説だろ?」 「えぇ……眉唾ですけど」 「そう思うだろ?だけど最近また話題になってるんだ」 そう話すお客は、雑貨屋を営む“かんぺき屋”の店主だ。日本各地の骨董品を集めて販売している。雅人は印刷屋に勤務しており、この日は印刷し終わった納品書を持って来たのだった。 「最近何かあったんですか?」 「インターネットの掲示板に、あのきさらぎ駅から帰って来た奴が出てきたんだよ」 「え?二度と帰って来れない駅なんじゃ……」 雅人はわざとびっくりした反応を見せた。早く次の納品先に行かないといけない雅人だったが、近々値上げの話をしないといけない状況もあったので、この日は店主のご機嫌を伺っていたのだ。 「これだよ。見てみなよ、後から“印刷屋”さんにLINEでURL送っておくから」 「ああ……ありがとうございます」 (印刷屋さん……まだ俺は名前を覚えてもらえてないのか……) かんぺき屋の店主に別れを告げ、雅人は白いバンに乗り込み、次の納品先に向かった。スマホを確認すると、既に店主からLINEが届いており、その通知を見た雅人は更にウンザリする。 「都市伝説なんて作り話を延々と聞かされるこっちの身になってみろよ」 「忙しいのに……めんどくせぇな……」 そうボヤきながら、LINEの通知をタップした時、一瞬スマホが真っ暗になった。 「あれ?充電切れた?」 もう一度電源を入れ直そうと画面を触っていた雅人だったが、真っ暗になった画面に映っていた自分のすぐ後ろの後部座席に女性が座っている事に気付く。 「ええ!え?」 雅人はパニックになり、すぐに後ろを振り向いたが、そこには誰も居なかった。 「今のは……何だ?」 気のせいだと思いながらスマホに目をやるといつもの画面に戻っており、雅人はフゥっと安堵のため息をつきながら車のエンジンをかけた。 ※ ※ ※ ※ ※ 仕事を終えてアパートに帰宅した雅人は、買い物袋をキッチンの机にドサッと置き、すぐ様プシュっと缶ビールのタブを起こした。 「あーー美味い!」 塩ゆでした枝豆を頬張りながら、まとめ録画していたバラエティ番組を見ていた雅人だったが、何となく昼間の店主の言葉が頭に残っていた。 「この令和の時代に都市伝説なんて……」 「でも、既読無視するのも良くないから、一応チラッと見てみるか……」 かんぺき屋の店主が笑顔で写っているアイコンをタップし、店主から昼間に送られて来たURLを開いた。 そのサイトはきさらぎ駅についての考察や感想が書いてある掲示板で、既に数万人が書き込みをしている老舗の掲示板だった。 最新の書き込みを目で追って行くと、確かに店主の言う通り、きさらぎ駅から無事に帰って来たと言う報告が書いてある。 「私はハンドルネーム常世(とこよ)」 「私はきさらぎ駅に辿り着いたが、無事に帰って来れた。その時の様子を詳しく書き込む」 雅人はため息をつき、途中まで読んでサイトを閉じた。 時計を見ると時刻は夜中の二時過ぎ、寝室に向かう雅人は自身のスマホに新しいLINEが来ている事に気付いた。 「こんな夜中に……誰だ」 送り主は雅人の彼女、悠乃(ゆの)からだった。 「如月駅」 LINEにはその一言だけが書かれており、不審に思った雅人は悠乃にすぐ電話をかけた。 しかし彼女のスマホの電波は通じず、スピーカーにしていたスマホからは、機械的なアナウンスだけが繰り返し鳴り響く。 「悠乃、どうしたんだ?全然電話が繋がらないけど……」 ※ ※ ※ ※ ※ それから数日経っても雅人は悠乃とは連絡が取れなかった。彼女は行方不明になってしまったのだ。 彼女の親や親戚、警察にも相談しているが、一向に見つからない。 何か事件に巻き込まれてしまったのか…… 落胆した雅人は、悠乃から最後に来たメッセージを見つめながらある事を思い出していた。 「如月駅……きさらぎ駅……」 「あの掲示板の書き込みと関係があるのだろうか……」 気になった雅人は仕事場の事務所のパソコンを使い、例の掲示板に書き込みした人物にメッセージを送ってみた。 彼女からのLINEの事や、行方不明になってしまった事、ここ数日の出来事を全て書き込んだ。 すると以外にもすぐにリプライが返って来た。 「都内喫茶店でお話しませんか?」 掲示板の常世と名乗る人物は、雅人に直接会って話がしたいと申し出て来たのだ。 すぐに雅人は半休を取り、約束の場所に指定した都内の小さな喫茶店に向かった。そこには既に常世と名乗るジャージ姿の男性は到着しており、雅人が店内に入ると彼は軽く会釈をした。 スーツ姿とジャージ姿の異様な組み合わせで窓側の席を陣取った二人は、ブラックコーヒーだけを二つ注文して、周りに聞こえない様に小さな声で会話を始める。 「この度は彼女さんは大変でしたね……」 「はい……如月駅とメッセージが来たあと行方不明になってしまって」 常世と名乗る人物は、ブラックコーヒーを飲もうとしたが、何故か一度はコップを掴めず指がツルっと滑ってしまった。 よく顔を見ると常世は片目が白濁しており、恐らくコップとの距離感が掴めなかったのであろう。 「ああ……これですか?ははは……」 常世は白濁した自分の右目を指先して笑った。 「いや、すみません。何か、ジロジロ見てしまって……」 「これは、如月駅に迷い込んだ時に穢人(ケガレビト)にやられたんですよ」 「穢人……?」 「あやつらは駅に迷い込んだ人間の魂を喰らう化け物です」 「駅から帰って来れないのは、穢人の仕業なんですよ」 雅人はこの人間の言葉が全く理解できずにいた。 一旦窓の外を眺める雅人だったが、街を忙しく走る営業マンが目に入ると、わざわざ半休まで取って、この場所に来てしまった事を後悔し始めていた。 「で、僕はどうすれば悠乃の所に行けますか?」 半ば半信半疑になっていたが、とりあえず聞いてみた。 「渋谷駅から夜中に出る電車に乗って下さい、最終電車の後に来る電車です」 「最終の後に来る電車?」 最終電車の十二時四十分の後には、もう始発しか来ないハズだったが、常世の言うにはもう一本電車が来るらしい。 「一時八分の電車です。先頭にある行先パネルが真っ黒になっている、無人の電車に乗ってください」 「えぇ……そんな話が……」 雅人がそう言ってニヤけながら常世の顔をチラッと見ると、彼は真剣な表情をしていた。 それを見た雅人はすぐにブラックコーヒーを飲み、コップで自分のニヤけ顔を隠した。 「この切符を持って行ってください」 「これは僕の助けられなかった奥さんの分の切符です」 そう言って机に差し出されたボロボロの黄色い切符には、如月駅から渋谷駅と書いてある。 「この帰りの切符は一枚しかありません、もしきさらぎ駅に辿り着いても、切符がなければあなたは帰れない」 「それでも良ければ、彼女に渡してあげてください」 雅人はその切符を見て驚いた、悠乃から来たLINEには“如月駅”と書いてあった。 インターネットには“きさらぎ駅”としか書いていない。この漢字の如月駅は検索してもどこにも書いていないからだ。 「驚きました?」 「え?」 「きさらぎ駅の真実は、私とあなたしか知らない」 「本当のきさらぎ駅の漢字は、如月駅なんです」 そう言って、紙にペンで“如月”と走り書きをする常世は、何故だか楽しそうにしていた。 「駅の表札には如月駅と書いてあります。実際に行った人間しか分からない情報だ」 「本当に……悠乃は如月駅に迷い込んでしまったのか……?」 常世に礼を言うと、雅人は切符を受け取り、喫茶店を後にし、ぼうっとしたまま渋谷駅に向かっていた。 「切符が無いと帰って来れない……?」 「そんな馬鹿な話があるか……」 雅人は渋谷駅のホームで、以前悠乃から貰ったピンクのお守りを握り締めていた。 それはオリジナルのお守りが作れる神社に行った時に、悠乃が作ったお守りだった。 “浮気禁止祈願”そう書いてあるお守りの裏には、雅人と悠乃の名前が書いてある。 「悠乃……本当にどこに行ったんだよ……」 夜の一時過ぎ、駅から人の気配が無くなり、いつもなら賑わっている渋谷駅に静寂が幕を降ろした。掃除をしていた係員も居なくなり、ポツンと一人だけになってしまった。 「何時間も時間を無駄にして、もし電車が来なかったらホームにいるただの不審者だ」 時計を確認すると、一時八分。そろそろそれらしき物が来ても良い頃だが…… 「来ないか……やっぱり……」 座席から立ち上がり、駅の階段を登ろうとした時に、駅の構内に一台の電車が入って来た。 雅人は慌ててホームに戻ると、そこには古い型式の電車が扉を開けて雅人を待っていた。 中には人影は見当たらず、車掌さえも居ない。不気味な電車だった。 「あの人が言ってたのはこれか……」 電車の先頭の表札には、“回送”と書いてあったが、雅人がそれを確認すると突然パタパタと回転し、文字が書いていない真っ黒な表札に変わった。 「間違い無い……この電車だ」 「悠乃……待っていてくれ、今行くからな」 雅人は悠乃から貰ったお守りをポケットにしまうと、電車に乗り込んだ。 【ザッピング小説】如月駅(1)終
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