36人が本棚に入れています
本棚に追加
/15ページ
「奥さん」の話
次の週末。
僕は玲奈さんと居酒屋の個室にいた。
二人だけで会うのは初めてだ。久しぶりに対面して「こんな人だったっけ」と思った。どこにでもいそうな大人しい女性だったのが、今夜は目に力があって、堂々としていた。
乾杯にハイボールを選んだのも意外だった。
店員が引き戸を閉めると、客達のがやがやした声が遠くなる。妙に緊張した。
気づくと玲奈さんはじっとこっちを見ていた。
「離婚式なんて、ずいぶん勝手な女だって思ったでしょ」
「え……」
「ごめんね」
そしてハイボールをあおる。言った割には、全然悪く思っていなさそうだった。
「離婚式を言い出したのは玲奈さんなんですか」
「そう。けじめをつけたくて」
途端に、マサ君の妄想がフラッシュバックして、僕は首を振った。
玲奈さんはそんな僕に構わず刺身を食べている。
「僕、離婚の理由、ちゃんと聞いていないんですけど」
「あー、優君からは言いづらいだろうね。私の話を聞いてからじゃないと。だから今日呼んだの」
「もしかして浮気とかDV……ですか」
玲奈さんはびっくりした顔で、ジョッキを持ち上げていた手を止め、それからけらけら笑い出した。
「優君が暴力? ないない。彼、本当に模範的な旦那さんだったもの」
僕は鼻白んだ。相手だけが答えを知ってる状況は面白くない。
大体、女性ってだけで優さんと結婚できる立場にいるのがずるい。僕は同じ土俵に立つことさえできないのに、優さんと結婚したあげく離婚までするなんて。
玲奈さんはハイボールを飲み干し、「はー!」と息を吐く。
それからついでのように、
「3ヶ月前、友達が死んだの」と言った。
最初のコメントを投稿しよう!