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くすりがなければ生きられない。
それに頼って生きていく他ない。
「その不安を、俺以外に話したことは?」
「ないわ。あなたが初めて」
「くすりから逃げられないって。管理されてるって思い込まされてるだけじゃないのか」
「だったら……いいんだけどね。ほら着いたわよ、あなたの家」
玄関前に車を横付けすると、ミツキは懐かしそうに目を細めた。彼女がここに来るのは何年ぶりか。つい昨日のことのように思い出せる。
このささやかな夜のドライブは、互いが離れていた年月を埋めるには短すぎた。
ミツキは誰にも話したことのない不安をトウヤに打ち明けた。トウヤはその心に応えたいと思った。でも自分が何を伝えても、きっと気休めにすらならない。
こわい顔でサイドミラーを睨むトウヤに、彼女は少しおどけた口調で言った。
「ね、トウヤ。もしもだよ。
私が管理される生活を嫌って、自由になりたいと言ったら一緒に逃げてくれる?
そのせいでくすりを打ち切られて、おばあちゃんみたくシワシワになってしまうとしても……。あなたより早く死んでしまうかもしれない私を連れて、どこまでも遠くへ行ける?」
即答できなかった。
そんな行動力も度胸もない。
何より後ろめたい。
ミツキは、トウヤの前では〝ただのミツキ〟になれると言ったのに、チャリオットである彼女にいちばん壁を感じているのは自分だ。
言葉を詰まらせたトウヤを、ミツキは責めなかった。ただ少しばかり残念そうに眉尻を下げて笑った。
おかしなこと訊いてごめん。忘れて。
そう言われたけれど、忘れられるはずがない。
彼女の力ない声が耳に残っている。
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