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様々な書物が並んだ棚を縫うように歩く。この街にあるそこそこの大きさの本屋。上京してから幾度も訪れたお店だ。地元にはこの大きさの本屋がなかったのでありがたい。私は用もなく本屋を訪れることが昔から好きだった。
適当な書物を手に取り、パラパラと捲る。新書の香りがふわっと、物語の世界を乗せて広がる。最近では電子書籍も増えてきたが、私はやっぱり製本されたものが好きだ。紙の香り、捲るページの音、さらついた紙の触感。それらが物語と記憶を結び繋ぎ、後々思い出して懐古に浸ることができる。
星の数ほどの世界が閉じ込められ、立ち並ぶ空間。ひとたび覗き込めば、様々な感性の琴線へ触れてくる。心が豊かになる感覚がここにはあった。
「あ…あった」
文庫コーナーの一角に目当ての本があった。陽乃と話していた新作の青春小説。
今回はどんな話なのだろう。一冊を手に取り、裏表紙のあらすじを読む。
舞台はとある高校。周りに隠れてひっそりと小説を書く少年。ある日、同じクラスの品行方正な女子生徒が、屋上で独り口汚く他人を罵っているところに出くわしてしまう。周りの人たちからのイメージを崩さないために本音を隠していた彼女と、物語を書くのを隠している少年。ひょんなことから互いが秘密を握り合い、脅し合う関係ながらも徐々に打ち解け合っていく──。
あらすじを読み終えて、パラパラとページを捲る。星や本といったキーワードがちらほら見えた。今回は星空や文学が作品のモチーフなようだ。私は彼の作品のそういった部分も好きだった。
それにしても秘密を隠す、か。ここに描かれているような綺麗な秘密では決してないけれど、それは今の私と少し似ていた。
「買っていこうかな」
レジへ向かおうと踵を返すも、思考が過りすぐに足が止まった。
そういえばレジュメのお返しで陽乃が買ってくれるって言ったっけ。そう高い本でもないが、私としてはやはり遠慮してしまう。
「……」
とはいえ、ここで購入したら陽乃は残念がるだろう。ラッキーと思うことはなく、きっと別のことで返そうとしてくる。自惚れではない。彼女と友人として過ごしてきた月日が長いからこそわかる。
であるならば、彼女の厚意を無碍にすることはできない。借りの貸し借りではなく純粋な謝意には、友人として甘えるべきだ。彼女とはこれから先も長く付き合っていきたい。
私は手に取った文庫本をもとに戻そうと向き直る。すると──
「あっ…」
聞き覚えのある驚き声が耳に入ってきた。
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