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「あ、一ノ星くん」
「あはは、どうも」
驚いたようにはにかむ男の子、つい数時間前に大学で見たばかりの子がそこにいた。
なんでここに?という思いが先行し、様々な思考が頭を巡る。
「えっと、偶然ですね。大学付近じゃない本屋で会うなんて」
「私も今ちょうどそう思ってました。最寄り、この辺なんですか?」
「うん。昔からこの辺りに住んでます。…もしかして文月さんも?」
「いえ、私は大学に来てから。2年くらい」
「あ、なるほど…」
敬語と口語が入り混じる。互いに距離感を測りあぐねる。関係性の浅さが滲み出ていた。
マッチングアプリで出会ったときの反応と同じものを感じる。
「……あ、その本」
話すことがなくなった彼が逸らした目線の先、私の手元の本を見て言葉を漏らす。
「月浪華秋さんの作品ですか?」
「えぇ、ご存知なのですか?」
「今日知りました。陽乃が好きだと言っていて」
「あ、なるほど。私も好きです」
明日には頭の片隅にも残っていないような会話のキャッチボールを交わしながら、本を棚に戻した。
「えっ、買わないの?」
「うん。陽乃が自分が買うついでにプレゼントしてくれるっていうから」
「そうなんだ…」
私の返答に、彼はバツが悪そうな表情をした。
「どうかしたの?」
「あー、陽乃がそろそろ誕生日だからそのプレゼントにと思ったんだけど。自分で買う予定なのかぁと思って…」
「なるほど…」
「そしたらうーん、なににしようかな…」
想定外だった事実を聞いて振り出しに戻ったようだ。プレゼント選びとは難儀なものだ。
けれども、恋人のことを想って贈り物を考える行為そのものは、素直に羨ましいと思った。
「そのプレゼント探し…」
「え?」
「私に手伝わせてもらってもいい?」
今日の予定が流れたとか、私自身彼女へプレゼントを渡したいと思っていたとか、困っている姿を見過ごせなかったとか。諸々の感情はある。
どちらにせよこの提案そのものに深い意味はなかった。しかし言った後に気がついた。
事実上の初対面でこれはフレンドリー過ぎただろうか、と。
「え、本当に!?ありがとう!」
しかしそんな私の考えが杞憂に思えるほど、清々しい微笑みで彼はそう答えた。
「…どういたしまして。本用の小物とかがいいかなと思ってるんだけど──」
ほっとして会話を繋げる。私の言葉にウンウンと頷きながら隣を歩く彼にほんの少し違和感を持った。
気にしすぎかもしれないが、初対面にも関わらず、私からの提案をすんなり受けいれてくれる。人に対する距離感が物理的にも心理的にも近い人だなと感じた。
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