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* * *
「じゃあ、あらためて乾杯」
「うん、乾杯」
ガヤガヤとした喧騒の店内で、私たちが持つグラスが触れ合った。彼の隣の椅子には、さっき買ったばかりの星空模様の栞と夜のような紺青のブックカバーが入った紙袋が置いてある。センスがある贈り物。私が欲しいくらいだ。
陽乃へのプレゼントを買った後、今日のお礼にと飲み屋に誘われた。私としては贈り物の手伝いは自分から申し出たし、お礼されるほどのことはしてないつもり。
しかしだからといって断る理由もなかった。予定は流れていたし、どうせ帰ってもボーッと家事をするだけだ。私はありがたくその提案に乗ることにした。
「お酒の味ってまだわからないよね」
「そうだね。私も頻繁に飲むほうじゃないから」
ビールを口に含みながら彼が言う。黄金色の液体は、私たちの舌ではまだ苦さしか感じなかった。
「……」
今日、彼といた時間はたった数時間。しかし強烈に思ったことがある。
「今日は助かったよ。ありがとうございます、本当に」
「いやいや、気にしないで。こっちも時間空いちゃって困ってたし」
彼の微笑みは柔らかく、思わずなんでも話してしまいそうになる。有り体に言えば、彼そのものに親しみやすさがあった。
現に、気がつけば敬語でのやり取りはすっかり抜けて、むしろおどけて使うレベルにまでになっていた。
「誰かと用事?」
「まぁ、そんなとこ」
「ふーん、そっか。……文月さんって出身この辺じゃないんだよね?どの辺りなの?」
しかしそんな親しみやすさとは裏腹に、余計な詮索や深追いはしてこない。心と心の間に1本の超えないラインを引くような感じ。心の奥底までは見せないし見ようとしない、そんなミステリアスさがある。
「私は長野の方だよ」
「え、そうなんだ!『星が最も輝いて見える場所』第一位の──」
「阿智村のことかな?その辺は近い方だったからわかるよ。よく知ってるね」
「僕、理学部の宇宙科学科なんだ。天文学とか学んでて──あ、なにか飲む?」
「あっ、じゃあカシオレで」
「おっけー。僕は……コークハイにしようかな」
当たり障りない内容を振るのも上手い。自分の情報も適度に。そして気遣いもできる。
「すみませーん」と店員を呼ぶワントーン高めの声も、通常時と違って柔らかさが増している。耳心地が良い。
「……」
仕草、見た目、受け答え、雰囲気。その全てが自分は危険人物ではありませんよ、とアピールしている。
──間違いない。
常套手段だ。私は知っている。
なんとなく、直感的に。私と同じ匂いがする、そう思った。
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